痒痛 ☆ 日記 
お酒と音楽と変人と。菫色の日々。

2010年08月01日(日)  いろは

八月だ。
家賃も払った。
ちょっちリンパの流れが悪いのか調子よくないっす。
のんびりやる。
そうそう、10月の前、つまり9月 7日に六本木でライブやりますよ。
あとで掲示板に載せておきます。

さてて、ここしばらくなんとなく大和うるわし話が多かったような気がしますが、
それは夏のせい ではなく読んでいた本に影響されていたのですね。
新潟から帰ってずっと古代日本語や中世日本語に関する本を読んでいたのです。
わたくしはミュージシャンですが楽器は弾けないのです。
人前でなにをするかといえば、うたを歌うわけです。
シンプルに考えれば声が楽器ともいえます。
でもスキャットやハミングだけの歌手はいない。
リズム メロディ テンポ バイブレーション そこに詞をのせる。
詞は文字と考えると音楽と全然関係ないけど、ことばと考えればやはり音であります。
そしてことばであるからには意味がありますです。
意味なんかいらねー ゴロさえよけりゃいいんだよー というロックなご意見もありますが、残念なことに人の脳みそは聞き取れる言葉から勝手に意味を拾っちゃうんだよね。
そしてネイティブならどんな言語でもそうだと思うけれど、ことばは
一語は一意味ではなく、二重三重に意味があり、
自然や歴史や文学が豊かであればあるほど何重ものイメージの喚起がある。
だからなるだけ自分でも翻訳した意味しか分からないような外国語の歌はやらないのです。
イメージを圧倒する声の力なんてものを持ち合わせず歌手をやっているわたくしとしては、ことばの力 聴くひとのイメージの広がり が唯一の武器なのです。

ただし言葉が好きだから歌手になる人もいないと思います。
音楽が好きだから、となればサウンド。声質やピッチなどは置いておいて、
ここで言いたいのは ことばの響きについてであります。

耳をすましたお客さんの前でたくさん歌っていると最後にはいつもフレーズの終わり、ことばの語尾の音が自分の中で一番の問題になります。
意識的でも無意識でも どこまで伸ばすのか どんな風に響かせるのか 強調するのか 消え入るようにするのか
わたくしの考えでは 元々のことばに強いアクセントや強調・弱調、高低のあまりないことばである日本語では終わりをどんな風に発音するかで印象は大きく変わります。意味が変わっちゃうときもあるよね。
そして日本語は 例外である ん 以外は母音で終わるしかない定めなのです。

♪ 好きだから ぁ〜
♪ 会いたい ぃ〜
♪ 愛してる ぅ〜
♪ ちょっと待って ぇ〜
♪ わかっていたの ぉ〜

適当で陳腐な歌詞でもこの通り。全部! 全部なんです!
「あいうえお」をどう響かせるか はイメージの方向を決める。
「あいうえお」が日本人の情念を握っている。
この情念性を嫌って 語尾を伸ばさない という歌い方もあるしやっている人たちもいる。
わたくしもどうにも逃れられないこの母音の魔力を少しでも探ろうと本を読んでみたのですが、
母音どころではなかった。
子音もだよ。サ行もマ行も。みんな文字が伝わる前からこの島ではある程度共通したイメージが発音される音にあるんだもん。
いっぱい外来語も増えたけど、人間のいとなみ 自然のはたらき、現象 気持ちとその動き 少しづつ変わっても単語の大元になる音はほとんど古代からそのまま使っている。
3〜4冊読んでみて、これ以上は 音声言語学 民族学 記紀学 神道学 と泥沼への道行き。
またトンデモ本と学術本の隙間を縫っての本探しにも疲れ、いったん収束させました。
これから先もわたくしの歌は、風邪と母音との闘いであります。

先日も書いたけど すみれ と なべ(鍋だよ)が古代からの古い日本語だと分かったのがスマートさん的には嬉し楽しい知識だったな。

日本人というのは遠い遠いご先祖から、結局は住みやすいこの島にずっとずっと暮らし、海外のいいなあ〜と思うものだけ摂取して、ほとんどどこにも行かなかった、
というのが古代と現代の日本語の状況からわかります。


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