なんて難しいの。なんだか明治初期の外国人の文章とか読むと、どうもか つて、日本人は初対面の人と親睦するの上手だったみたいじゃない。 あけすけで、好奇心旺盛で、互いに痛い部分は触れず、袖すりあうも・・・ って、決して偶々隣り合ったひとを無視したりしなかったぽいじゃない。
まあ、親日派の贔屓目もあるとして。 でも、いま未知のひとに対してこれほど、 「どうしたらいいのかわからない」 ゆえに空気のようにあつかう民族もい ないんじゃないの。 たしかにその民族の一員として、手持ちのボキャブラリーは極少。そして 不躾=無礼である→踏み込みどころがわからない いや確信がもてない、だ から 君子危うきに・・・ も よ〜くわかるんだ。
なんでだろ。戦争に負けたから? いや根拠はないけどさ。
スペイン語好きの日本人によるほぼ日本人のための親睦会にでたわけです 。ご飯ペルー料理おいしかった。初めて会ったひとともお話した。楽しかっ た。でもね、気付いたら、最初から知っていた人達のほかは名前もわからな いの。 自己紹介って嫌いでしょ? わたしも苦手。でもしないと名前呼べないの 。呼ばなくても大丈夫なの。 はじめがソウだと、次あっても5回目あって も、もうあえて名前聞かなくなったりするよね。 さみしんぼ だなあ、って思うのはそこかな。
なに をやってるひと。って人物構成から認識するのが、日本人には楽な のかもしれない。いやどの民族だって、あだ名は職業だったり 見た目だっ たり、住んでるところ が多いから、みんなそうなのかも。 いきなり個人の人格ってほうが、全体からみると圧倒的少数の見方かも。
すごく そして何故か恥かしいけど、Me llamo わたし○○って呼ばれて る。(そう呼んで)っていっちゃえると少し楽だな。 楽になりたくて、ひとにはすぐあだ名をつけるんだけど、本人が気に入っ ているかはわかんない。いやだ、って言わないからわからない。 記号は誰にでもわかりやすく だよ。
|