Kin-SMA放言
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2003年03月25日(火) 剣持のおっさん

古尾谷雅人さんが、亡くなったというニュースを、Yahooで知る。

状況から見て、ほぼ間違いなく自殺だとのことだ。

前にもちらっと書いたが、ぼくは「自殺」というものについて、異常かも知れないくらいの嫌悪感がある。

自殺された方の人間だからかも知れない。

大学生の時、幼なじみが自殺した。

「遺書」というものはなかったそうだが、日記のようなノートに、大量の“意味不明の書き置き”(家族談)があったそうだ。

そこには、残される人たちへの“想い”は、一切記されていなかったそうだ。



彼(幼なじみ)のケースは特別だったのかも知れない。

だが、自死を貫徹する人間の、その瞬間の心からは、一切の「愛」(家族や友人だけでなく、“自分自身”への愛も)が消え失せているのだと、それ以来ぼくは思うようになった。



冷酷な人間だと思われてもかまわない。

ぼくは“冥福を祈る”ことはできない。



幼なじみのお母さんとは、あれ以来、年に数回しか会ったことはなかったが、(ぼくの思いこみかもしれないが)本心から笑った顔を一度も見たことがないまま、彼女は先月、病気で亡くなった。

あの世で、二人は再会できるのだろうか?

彼は、どんな顔をして母親に会うのだろうか?



こんな想像はナンセンスだと思いますか?

(今日は投票よりも、ご意見がいただきたいです)


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