お盆(過ぎてる過ぎてる)な小咄
2005年09月02日(金)
「見せたいものがある」と言うエースに連れてこられたのは、もう何百年、いやひょっとすると何千年も昔に、文明が絶えてしまったような島だった。あるのはただ、朽ちかけた遺跡のみ。 船着き場の名残だろう、エースの小型船を着けた岩場は、人の手によって平らに削られた跡があった。それも波に洗われて削られているが。 すぐ目の前には熱帯性の木々が生い茂り、ちょっとしたジャングルになっている。ここが島の中央への入口なのだろう、数メートルの間隔を開けて守り神らしき大きな石の像が二体、無惨にも倒れ、ひび割れて蔦に覆われている。
「詳しい事はわからないけど、かつては相当に繁栄した島らしい。信仰心の厚い民族で、森羅万象に精霊が宿ると信じていたそうだ」 サンジの先に立って、伸びた木々の枝や蔓を払いながら歩くエースが言う。 この道は、かつてはこの島の主要道路であったのだろうか、生い茂った木々に覆われて見落としがちだが、どうやら一定の間隔で左右に魔除けの様な石の像が置かれている。 やはりこの島には人は住んでいないのだ。ただ、虫と鳥と、後は何だかわからない生き物の甲高い鳴き声だけが四方から聞こえてくる。 時々こちらを振り返りながら先を歩くエースの背に玉の汗が伝う。 サンジも蒸し暑さに額に流れる汗を拭いながら、綺麗に筋肉の付いた裸の背中を伝い落ちる雫をぼんやりと目で追う。
時に甘え、時に泣いて、そして時には彼から与えられる狂おしい程の愛撫に溺れて、何度も縋りついた広い背中。 男である自分が受身の側に回る事に抵抗が無かったわけじゃない。 だけど、安っぽいプライドに縛られてる時間なんて自分たちには無かった。駆け引きなどしている余裕もなく、滑稽な程に必死に腕をのばしてお互いを手繰り寄せた。 つらつらとそんな事を考えながら、じわりと体の芯から覚えのある欲望が湧き上がるのを感じて、サンジは苦笑する。
かつては栄華を誇ったこの島の人々の魂がそこここに潜んでいそうなこの場所で、不埒な事を考えるのは少々罰当たりな気がして、ふるりと頭を振って邪念を払う。その拍子に喉元を汗が流れ落ちて、その感触に眉をひそめる。気配を察したのか、エースがまた振り返って少し笑った。 それからは、ただひたすら黙ってエースの背中を見つめながら歩いた。 彼もまた、今日は随分と口数が少ない。 それはやはり、この島の雰囲気のせいだろうか、それとも???別の理由で?
突然森が開けて、目の前に山が現れた。 陽も大分傾いて、山の向こうにオレンジ色の夕日が見える。かつてこの島に住んでいた人達にとっては、あの太陽も信仰の対象だったのだろう。 爽やかな風が吹き抜ける。汗だくになった二人は、しばらくそこで立ち止まって、涼しい風に吹かれながら目の前の山を見上げる。 「ここにも遺跡が?」 「そう。この山は彼らにとっては神の山だった」 エースに促されて、再び歩き出す。 「足下、気を付けて」 手を差し延べられて、サンジは少し目を伏せてその手を握り返す。 一見でこぼことした岩場に見えるが、よく見れば人の手が入っているのがわかった。永い永い年月を経て擦り減った、足場の悪い石の階段を上る。 もう日も暮れかけて、あたりは薄暗くなってきた、虫の声と、二人の息遣いだけが響く。 まるでこの世に自分達二人きりになってしまったような感覚。 いっそ本当にそうだったら、自分は一生この手を離さなくてもいいのに。頭の片隅でチラと思う。 もちろんそれは感傷的なバカバカしい錯覚だ。自分にも彼にも、たとえそれがお互いを遠ざける事になったとしても、守らなければならない約束や誓いがある。
ようやく頂上にたどり着いた時には、辺りはすっかり暗くなっていた。 正面に巨大な岩を積み上げた神殿らしき建物が、月明かりに黒々と浮かび上がっている。 神殿手前の広場は、祭事に使われたものか。 目を凝らしてあたりを見回していると、エースがサンジの耳元で囁いた。 「見て、始まった」 「え…なに?」 エースの目線を追って空を見上げたサンジは、思わず目を見開いた。 ふわふわと、いくつもの青い光がどこからともなく現れて、広場の上に集まってくる。 まるでお互いを確認するかのように、付いては離れを繰り返す。 いくつもの光の珠は、絡み合い、まるで歓喜するかの様に時々パアっと光を増す。 その光景を、サンジはポカンと口を開けて見上げていた。正体不明のその光の筋を、恐ろしいとも気味が悪いとも思わなかった。 よく見れば、その光の珠は、二つでひとつのペアを組んでいるようだ。 くらりとめまいがした。すかさずエースが肩を抱いて支えてくれる。 「これは???何?」 潜めた声で尋ねると、エースも同じように耳元に口を寄せて囁いた。 「死人の魂だよ」 「…でも」 おそらくその類なのだろう。海にいればよく聞く話だ。サンジも実際にそれらしきものを目撃した事もある。 だけど、目の前のこの光の珠からは、それらから感じられる怒り、怨念、悲しみ、未練などが感じられない。彼等はむしろ、喜びに満ち溢れているかのように見える。 「彼等はね、死んで再び巡り合った恋人達なんだよ」 「え?」 再び空を見上げる。 再会を祝い喜ぶ様に、戯れあい、絡み合っていた光の筋たちが、やがて一組、また一組と、ゆっくり天に登っていく。みな一様にぴったりと寄り添って。 その中の一組が、二人の上を何度か旋回した後、同じ様に天に登って行った。 「ありがとう、君達も幸せに」 エースが小さな声で呟いた。彼らが声を発した訳ではないけれど、未だ現世のしがらみに縛られた現身の恋人達を励ます様に見えたのは、きっと気のせいではないだろう。 「ああ…」 ゆっくりと天に昇っていく光の束を見送って、知らずため息の様な声が漏れる。 突然、強い感情が込み上げてきて、涙が零れた。 彼らが、自分達が、そして、たとえ醜かろうと、悲しみに満ち溢れていようとも、自分達をとりまくこの世界の全てが堪らなく愛おしいと思う。 そう思えるのは、きっとエースのおかげだ。彼を愛して初めて、サンジは本当の意味で生の喜びを知った。
静寂が落ちる。 気付けば、空には満天の星が瞬いていた。 エースが穏やかな笑みを浮かべてこちらを見下ろしている。 「驚いた?」 「……ああ」 まだぼうっとしているサンジに向き直ると、そっと手を伸ばして髪を梳く。 前髪を掻き揚げて、額に唇を落とす。 痛いくらいに厳粛な口付けに、胸にチリ、と走った痛みに僅かに目を眇める。 「本船に帰る」 静かに告げる声に、サンジはただじっとエースを見つめ返す。
つい先日立ち寄った島で、白ひげ海賊団のお家騒動にどうやら決着がついたらしいと聞いた。裏切り者の部下を追って、このグランドラインを逆走していた2番隊隊長である火拳のエースが、ついにオトシマエを付けたのだと、酒場に集まったおそらくは同業者であろう男達が噂していた。 彼の任務は完了したのだ。 そして今日、突然エースがゴーイング・メリー号に現れた時から、サンジはこの瞬間を予想していた。 彼は自分に別れを告げに来たのだ。 エースが額に、頬にキスを落とす。それを全て目を見開いて受ける。心は凪のように平静だった。 この現実にも、彼の言葉にも、サンジは半分上の空だった。目の前の男の姿を瞳に焼き付けるのに忙しくて。 そんなサンジをどう思ったか、エースは少し困った顔で笑う。 「ここは恋人達の魂の還る島なんだ」 光の珠が消えた空を見上げてエースは言った。 「今日は一年に一度、この島に恋人達の魂が還って来る日。この島を訪れて永遠の愛を誓った恋人達は、その愛が真実のものであるならば、死んだ後、再びここで巡り会う」 サンジは目を見開いた。 エースが再び視線をサンジに戻す。 「君を縛るつもりは無い。他に好きな相手ができたり、気持ちが離れたりしても、それならそれでいい」 「そんな事…!」 あるわけがない。自分は彼に捕らわれてしまった。きっとこれが最後の恋だ。まだほんの19年しか生きていないけれど、サンジはそう確信していた。 必死の顔のサンジに、エースが微笑んだ。 「ならば、君に永遠の愛を誓うよ」 愛おしげに指先を頬に滑らせると、真摯な目でサンジの瞳を覗き込む。 「例えこの先、お互い殺しあう事になったとしても、君を愛する気持ちに変わりはないから」 淡々と残酷な現実を語るエースの瞳は静かで、揺るがない。 「もしも俺が先に死んだら、ここで君を待ってる」 エースの言葉に震えたサンジが、彼の肘をぎゅっと掴む。 「恐れないで、諦めないで。必ずまた会えるから」 見下ろすエースの静かな目に、胸に詰まった重苦しい感情がゆっくりと解けていく。 抱きしめられて、サンジはうっとりと恋人の胸に頬を擦り付ける。 「そうしたら、今度はずっと一緒だから」 「…うん」 ならば、何も―――死さえも恐れる事はない。
「愛してる、エース。永遠に」
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って話をお盆に書きかけて放置しておりました。 エースは何よりも、今の生を大事にする人だと思うのです。どっちかっつーと、「生きてりゃまた会える」とか言いそうですが……まあお盆だから(なんだい、そりゃ) ところで最近気付いたんですけど(遅!)……私の書く話って相当ゲロ甘ジャナイ?は、恥ずかしー…。
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