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61 名前: 名無しさん@1周年 投稿日: 02/01/31 21:24
崇教真光ではなく、祟(たたり)教真光
62 名前: 名無しさん@1周年 投稿日: 02/01/31 22:29
◆腹立たしい態度 私は「手かざし宗教」(世界・崇教)が嫌いだ。組み手(信者)がほとんど 自分一人の考えで霊障に仕立て上げていく。幸不幸の因果というのは多くの情報と 洞察で明らかになっていくもので、他人が勝手に決めて良いものではない。 組み手のえらそうな態度が腹立たしく感じるのだが、いかがなものか。
http://choco.2ch.net/test/read.cgi/news/1011286009/l50
63 名前: 名無しさん@1周年 投稿日: 02/02/01 08:38
>59
引用符を付けてことごとく「禿同」と言いたい気分。特にこの辺が。
>要は、お互いにどこまで向き合っていかれるかということが大切だと思います。 >そういった意味で、悔いのない恋愛するにあたって、真光の概念が入り込むと、 >かえって相手のことを考えてあげられなくなると思うんです。 >霊障を気にして相手と向き合えない。きちんと話したりコミュニケーションを取ることより、 >神事に没頭することに気を取られてしまう。
「愛することとは信じること」 子どもの頃に見たドラマのセリフで、今でも記憶に残っている。 真光は相手のことも自分の思いも「信じる」ことが困難になる。
64 名前: 名無しさん@1周年 投稿日: 02/02/01 11:15
神はときには大いなる神試しをする 恋愛や結婚を用いて神向を試すこともある
などともいわれてたなり 神に振り回され破局したカップルもいたかもしれないモナー 恋愛やケコーンがきっかけで目がさめたら霊障にやられたと判断するかモナー
65 名前: 名無しさん@1周年 投稿日: 02/02/01 21:21
>>42 エイズが治った話、細かいところは忘れたけど読んだ覚えがある。 それ以降はなかったよね。 内分泌攪乱ホルモン(?)が話題になったときも「(人救いの)汗になって出る」とか 一度言って、それきりだったと思ったし。 時流にのって旬の「それ」が解決すると言って、言いっぱなしにしているのかもしれないなぁ。
66 名前: 名無しさん@1周年 投稿日: 02/02/01 21:26
立春大祭の時期だね。コノメハルタツのマコト正月だっけ。 辞めた人間はン年ぶりに豆まきしようと計画中だ。 長いこと、マスコミで豆まき報道を見るたびに「人類はとんでもないことを している。真実を知っている組み手が詫びなければ」とマジに思ってたよ。 そんな悲壮感も、もうない。
飽きもせずに読書を続けている。今後の私自身の人生の為だ。 さすがにマインドコントロールや破壊的カルトには食傷ぎみで、 このごろは心理学に対象を広げているよ。
それで、最近読了した本に小此木啓吾の「精神分析は語る」(青土社)がある。 書かれていること全てにうなづくわけではないけど、いろいろ興味深かったよ。 マインドコントロールの条件、5つのCとかね。あ、またマイコンか。
あと、「『トーテムとタブー』の課題」というのがあった。父親殺しの父親食いに ついてなんだ。かねて不思議だったのが真光の「人類共通の罪穢」で、「正神を 追放したのち臓腑を食べてしまった」というくだりだったからね。正神を追い出す まではわかるが、なぜ「残った体を食べる」と続くのか疑問でさ。ああいう教えが 組み込まれた背景が少しだけ見えたような気がする(私が物を知らないだけか)。
67 名前: 名無しさん@1周年 投稿日: 02/02/01 23:39
>64 今、俺はその関係でやられてるんだナー。でも脱却できるチャンスだと 思ってるんだよ。やっぱつくづく変だよ、世界も。
68 名前: 名無しさん@1周年 投稿日: 02/02/02 10:27
>67 愛はカ〇トに打ち勝つといいのお フレーフレー!(浮霊じゃないぞ) 元がおなじだからどっちも変なんだろうな
69 名前: 名無しさん@1周年 投稿日: 02/02/02 14:20
かぁ〜がやっきぃあ〜う〜は〜、陽光死っ、陽光死っ (藁)
70 名前: 名無しさん@1周年 投稿日: 02/02/02 19:28
4年か5年くらい前の真光誌だった。編集後記に、道場から届く体験談のことが 書かれていた。ワープロで打たれた物も増えてきたが、手書きの方が心に響く ようなことを言っていた。なんだかな・・と思った。タイプライターは今から 120年ほど前に発明され、その40年後に一般化している。欧米(?)では80年くらい 歴史があり、根付いているわけだ。タイプライターの延長がキーボードだ。 海外からの英文等の体験談も、手書きで書かれた物の方が心を打つと思いながら 読んでいるのだろうか。いや、あちらはタイプされた物がデフォルトだろ? 日本語で書いた物しか受け付けないかもしれない、などと考えた。 感覚的に古いというか、物理的合理的な考え方よりも精神論に傾いていると 感じた。それもやや不自然にだ。 編集後記は短いし、教示や体験談ほど肩が凝らない。広報部員の飾らない 神向きの話を聞けるようで真っ先に読んでいたが、この頃から首を傾げる コメントが増えていった。世間知らずというか時代と合っていないというか、 独善的というか。世間の流れがどうであれ、変わってはいけないものもあろうが、 それでもおかしい。前からそうだったのが、私が社会経験を積んで気づくように なったのかもしれない。広報部員だって完全ではない、誰もが修行中だ。たまには 妙なことも書くかもしれないとも思った。しかし、真光誌だ。人類必読の書だ。 編集後記もあまりにおかしなコメントはストップがかかる筈だろ? 納得いかない という思いが続いた。やめてからようやく気づいたよ。編集後記は広報部員の 声の形を借りた、本部の方針だとね。はぁ〜・・馬鹿だった。
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