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1985年08月12日(月) q

191 名前: 名無しさん2/2@1周年 投稿日: 02/02/13 19:36

何年過ぎても、時々このことを思い出しては懐かしむのと同時に不思議に思っていた。
あの人は、いわゆる本当に徳のあるお坊さんだったのだろうかと。真光に懲りた今と
なっては、霊的なことや奇跡だとかに相当懐疑的になっているけどね。それでも、
私の経験した事実は変わらないわけで。

もしかしたら、あの数時間だけはマインドコントロールが解けていたのかもしれない。
「自分を認めてくれる人、一般にいう新興宗教信者の自分の話すことを聞いてくれた
専門家の坊さんがいたことによる安心感」があったのだろうか。御み霊を外して
マインドコントロールが解けていくのを感じてわくわくした気持ち、あるいは
フラッシュバックしてぞっとしたのに打ち勝った時に感じた温かさ、
あれと共通している感覚かもしれない。何らかの生理的身体的な反応だったのかな。
まあ、結論を出すのは急がないよ。

今はね、あのお坊さんが「陽光ライフ」に目を通してくれていて、危険な物があると
気づいて、真光に踏み込みかけている者や嵌まっている者に的確なアドバイスを
してくれていることを願っている。愚か者が愚かに宣伝したけど、世の中に無駄は
ないということで、少しは役に立っているといいのだけど。




192 名前: 名無しさん@1周年 投稿日: 02/02/13 20:28

>>188

>真光の教えではキリストが日本で死んだというホラ話を正統にしてるんだって?

真実の掲示板でキリスト教批難する展開になったとき
えらそーに出てきた古参組み手らしいのが「たま出版」から出してる
そんな感じの本紹介してやんの(藁 なさけねーったらありゃしない。



193 名前: 名無しさん@1周年 投稿日: 02/02/13 22:41

>>186
そう。その結果論(こじつけ)も上手く行った時のこと、都合のいいようなことしか
採用しなくなる。手かざしをして何か感じれば、「それが神の光です」となり、
感じなければ「感じなくてもいいんです。み光は入っていますから」となる。
それを信じて「感じない」という人に言い続けてきたよ。・・あほだった。

あまりネタにはしたくないことだが、こういう事例もあった。
ある組み手さんが手術してね。大分危険な手術だったそうなんだけど、
手術後、家族が必死に手かざししたんだよね。で、助かったと。
本人も含めてその家族はますます熱心になったけどさ・・・。
これって、そのまま亡くなってたら、それはそれで、罪穢の清算をされて
幽界に旅立ったんだで片づけられてしまうんだよね。




194 名前: 名無しさん@1周年 投稿日: 02/02/14 00:12

http://www5d.biglobe.ne.jp/~kanabe/mss5/pa-6.htm



195 名前: 名無しさん@1周年 投稿日: 02/02/14 01:19

>193

そうなんだよ。
それで助からなかった人がいたんだよ。
みんな言ってたよ「罪穢が深かったんですね」だって。
みんな変に納得してるから怖かった。



196 名前: 名無しさん@1周年 投稿日: 02/02/14 10:04

>193,194
まさにそれ。うちも義父母が相当熱心な組み手(上級)だったにもかかわらず、
3年の間に立て続けに亡くなった。
それを見た同じ道場の真光隊員が、
「あんなに頑張っていたのに亡くなるなんてどうして?」って
その後不信感を持つようになったとか。 
私も2ちゃんねるなんかでいろんな裏な面を見て一気に熱がさめ・・・
もともと冬眠状態だったのが、さらに嫌気がさして今はやめたい。




197 名前: 名無しさん@1周年 投稿日: 02/02/14 10:06

↑まちがった。>194じゃなく、>195です。



198 名前: 名無しさん@1周年 投稿日: 02/02/14 16:08

早く亡くなる人は幽界で大切なみ役があって呼ばれるとかなんとか
いうのを聞いた事あるよ。

だから幽界誕生っていうんでしょ?



199 名前: 名無しさん@1周年 投稿日: 02/02/14 22:32

>198
>早く亡くなる人は幽界で大切なみ役があって呼ばれるとかなんとか
>いうのを聞いた事あるよ。

うん。そういうのも聞いたことはある。
けれど、誰かが早く亡くなったとしても、それが「恨みの霊障による早すぎる死」や
「ご神業してても曇り消しが間に合わなくなったので死によって清算した」なのか、
「幽界で大切なみ役があって呼ばれた」のかは、誰にもわからないんだよね。

以前、幹部が御神前でお参りしながら亡くなったという話を聞いたんだ。
どこかの大幹部だったようだ。聞いた私は「御神前で亡くなるなんて、神様と
波長を合わせている時にだなんて、すごい。神様に呼ばれたんだな」と思っていた。
けれど、しばらくして、班長か誰かが「曇りが深くてそんな死に方をした」
と噂していたんだよね。どっちなんだろうね。

幹部になるほど曇りが深いとはいうけど、だからって、人の死に際を指して
そんなことを言うのもどうかと思ったけど。

再生転生の期間が短かすぎると今世では苦労するとか、あるいは長く生きられ
ないとも言わなかったっけ。(「長く生きられない」はあまり自信なし)

ケースバイケースで、どれが真相かわらないんだよね。どれを信じる?
取り方によって、どうとでもなる。どれが採用されるかは、道場幹部や
古参組み手の覚えがよかったどうかなのか? 受け取る人の思い次第なのか?
霊査によってわかるというのも決定打ではない。霊は嘘をつくこともあるから。

また感覚宗教と言われる事例が出てしまった。


>だから幽界誕生っていうんでしょ?

「幽界誕生」という言い方は「大切なみ役」には関係ないよ。人は幽界と
現界を行き来して修行を積んでいる(と教えてる)から、誰でも現界の死は
幽界での誕生だ。




200 名前: 名無しさん@1周年 投稿日: 02/02/14 22:52

>195 >196
そうなんだよね。真光やってて恐ろしかったのは、そういうところだったよ。

人の災厄や苦労を見ても、それがたとえ人の死であっても、「曇りが深かったから」
「ミソギだから」と同情もしないで終わってしまう。いいことがあったら一緒に喜ぶと
いうのはあったと思うが、それも「ご守護だね」というセリフがついてくる。
すべて、神様と教えを中心に物事をとっていくんだよね。感情ではなく、
教えに基づいて判断している。

なんていうか、人と気持ちを共有する力が欠けていくという気がしたよ。
この能力は人としての社会性、人格の成長において不可欠なものなんだが。

本部の偉い人が講話にきたとき、その辺のことを嘆いていたけど、そういう風に
考えるようになっていく教えなんだから、あれこれ言っても無理だろう。



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