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241 名前: 元真光隊(聴障) 投稿日: 2001/06/14(木) 13:40
238さん、そのオバ組み手は勘違い組み手ですね。信仰は勝ち負けじゃないですよ。 これはお導きが間違った方向に行ってるからこうなるんですよね。 つまりたーくさんお導きした人が偉いっていう図式が教団にある。 それゆえ、上級者は偉いってなるんじゃないですかねえ。すごい階級制度ですよね。ばかばかしい。 私はお導き(勧誘)は教団被害者を増やしてるだけじゃないのか?なんて思いますけど。それでも当人が周囲に迷惑をかけず立派に信仰するならいいんでしょうね。
242 名前: 元真光隊(聴障) 投稿日: 2001/06/14(木) 13:50
思うに、真光内部にだって救われてない人がいるのにそういう人をないがしろにして、一般人なんて救える訳ないってーの。 まずは自分とこの悩める人や苦しんでいる人を救ってから恢弘するべきだ。内部をないがしろにして未組み手救えったってそりゃ無理があるに決まってる。 自分達が救われたいから他人を救うのはすごく自己中心的だ。 まずは内部からクリーンにすべきじゃないのかね?真光は。バカみたいにお導きお導きほざく暇あったらすぐそばで苦しんでいる組み手を救えっての。 あ、すみません、段々怒りが涌いてきて言葉が汚くなってしまいました。
243 名前: 名無しさん@一周年 投稿日: 2001/06/14(木) 13:50
>>238
「神様に関しては誰にも負けない!」(ばくしぉ こんな奴いるのが手かざし教なんだよなぁ。ほんとに呆れるわ。 怠惰な人間向けに作った教義なんだからそもそも汲み取れ ないやつはいねーっつうの。 その上神様バカときたら娑婆で現存する価値ないね! 執行待ちの死刑囚のほうが、よっぽど余生に前向きだぜ。
244 名前: 九州男児 投稿日: 2001/06/14(木) 13:53
たくさんの、オバ組み手や、バカンブを育てた環境はの元凶は、その研修へ 至るまでの導き方にある。前にも書いたが、強迫観念からの逃避から真の 救われというより、自分の救われに執着するあまり救うという行為より、 研修へ参加させ、おみたまを受けさせりゃいい、ってな感覚があるはずだ!! それと、一つの道場内に長く永くいることで、自分達だけの世界観を構築して いないだろうか? これにみ教えというものを都合よく当てはめて、自己防衛 を計る。このような実態はないだろうか?
245 名前: 元真光隊(聴障) 投稿日: 2001/06/14(木) 14:07
>>244 激しく同意。
246 名前: 卒隊者 投稿日: 2001/06/14(木) 14:09
>>238 そのオバサン組み手、「我と慢心」って言霊、知ってんですかねー?
>>240 イイデスネー。私も賛成です。 ところで、心ないバカンブやバカ組み手にどういう事を言われて、どう反論したか 情報交換するってのはどうですか? ツブサれないためにも。
247 名前: 名無しさん@一周年 投稿日: 2001/06/14(木) 14:19
>>244 ビンゴだよ。 教団が、マスの増量を謀れば小乗をモチベーションに 持ってくるのは当然だね。現場でも、これが信者の第一義になってるはず。 真光の大乗性と万教同根(=帰一)はもはや建前論だよ。
248 名前: 三河武士 投稿日: 2001/06/14(木) 15:48
>>244 自分たちの世界観の構築って言うのはありますね。故に、よそ者には冷たい。という道場もま まありますし、世界観を崩壊させる幹部、組み手を嫌う傾向はありますよね。 世界観という点で、まあ人物信仰のような話は私の所属する愛知県の某中道場(って、県内に中 道場ひとつしかないからバレバレやね)も昔有りまして、カリスマ的な道場長が見えたのですが 、その方が異動で○楽小道場(現在の名古屋○小道場)に移った際、内の中道場からもごっそ りついていった組み手さんがいるそうです。その組み手さん方は、いまだに同市内の某中道場 には参拝にこず、わざわざ名古屋まで通っているそうです。どうも、当時の頃のしこりが原因 で和解できていないようなんです。 細かいところを見ると、同じ教団の旗の元で、こういう分裂ってほかの地域にもあるかもしれ ませんね。
249 名前: 三河武士 投稿日: 2001/06/14(木) 16:10
>>206 最近とみに「恢弘」と言われているようですが、これも地域によって解釈様々なんでしょうか? 私の居る地域ではどうも「恢弘」=「戸別訪問」というイメージがどうも強かったですね。 最近はそうでも無くなった様ですが、結局未組み手さんを連れて来てなんぼのもの。という感じ がしないでもありません。 私は無理強いはいかんと思うのです。それぞれの人の考えがあって、それぞれ信仰があったりな かったりするわけですから、それらを認めるというところから始まるべきであって。否、神様は うちの神様だけが正しいんやぁ〜!というところから入っていくと人の話が入ってこないんです よね。謙虚になれないといいましょうか。信念として持っているのと、そのものを押し付けるの はまた話が違うように思いますし。
250 名前: 三河武士 投稿日: 2001/06/14(木) 16:10
>>238 道場幹部なんて怖くありません。間違っていると思えば徹底的に突き詰めましょう。
普段から「下座の心」と言っている割に、追い詰められると「み教え」を楯にして、こちらのこ とをみそっかすに言ってくるわけですから、そんな人達に遠慮する必要はないと思います。幹部 こそ「下座の心」が必要でしょう。どっちかといえば、今の幹部は職権という部分を強引に振り かざしてくるだけに「ゲバの心」を実践していらっしゃるとでも言うべきでしょうか?本当には た迷惑な話です。もちろん、一部のバカンブの話で、中には立派な方もいないというわけではあ りませんが。悪いほうが目立っちゃうのは世間一般そうであるように、というところでしょうか?
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