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611 名前: ピエール 投稿日: 2001/03/20(火) 00:37
つまり、人生において免疫がない状態で、宗教と出会い、 それに感染してしまったというわけだ。この場合、本人の耐性によって、 その病原菌は悪玉にもなり、善玉にもなると考えられる。 俺のような、免疫のあるものにとっては、いかに愚かな教えだろうが、 善玉に変えてしまうがな。といっても、俺えの影響力は皆無に等しいが。 どうも、宗教を一部の人たちはたいそうなものと考えているが、 実は、オタク文化のアニメやゲームと同一のカテゴリに過ぎない。 つまり、宗教に長けた者というのはオタクということだ。が、それを 実生活に利用しているもの、宗教に使われているのではなく、 使う者にとっては、宗教は学校のようなものに昇華される。心しておくことは 学校とは、学び終えたら卒業せねばならない。そして、実社会に出なけりゃいけないということだ。 まぁ、宗教に主体性を奪われるとしたら、その人はそれまで、悲しいことだが 宗教に興味を持つ資格などびた一文も存在しなかったということだ。 ある神秘学者が言っていたが、宗教に興味を持つ者は、日常生活の覇者に ならなければならない。が、宗教の世界の価値観に逃げた。人生に逃げた 者にとっては、それを死守せねばならんものになっちまう。 そうなったら、その人にとって宗教とは糞ほどの価値をうしなってしまうとワシ思う。
612 名前: 名無しさん@1周年 投稿日: 2001/03/20(火) 00:40
>605さんへ。 私も母の影響で、入信しました。小学3年生から中学2年まで信仰していました。
なぜ、辞めたか? それは、人間が神の子であれば、どうして自分の中に醜い感情や欲望が湧いて来る のだろうか?と思ったからです。どのように理解しても、その感情は私だけでなく 他人にも悪影響を与えるものであると、その時は真剣に思いました。 それで、真光の教義自体に疑問を持つようになり、しまいには「おみたま」を 焼き捨ててしまったわけであります。 私を悩ました感情はどのようなものか、ということは、ご想像におまかせいたします。 今では、本当にやめてよかったと思います。入信仕立ての頃は、真光じたいが 初めて目にする宗教団体だったものですから、それなりに興味もあり、おもしろい と思いました。しかし、疑いを持つようになり、真光をやめて改めて思い知らされた 事は、私の物の見方が、同年代の友人と比べてみて、かなり片寄った見方になって しまっていたことです。今、思ってみてもゾッとします。 若いうちは、思春期の頃は特に、真光みたいなものに触れる事は、しないほうが いいと思うのです。それよりも、もっと大事な大切な事を見落としてしまい、人生の 一番大切な時期を過ごしてしまう事になると思うからです。 私は、あなたの考え方はすごく自然で健康的なものに見えます。
ただ、なぜ、あなたのお母様が真光みたいなものに入信されたのか、そこを 話し合われてみてはいかがでしょうか?そうすることが、お母様を真光から やめさせる一歩になると思います。
新興宗教から家族を守るのは、結局のところ家族の思いやり、お互いを本当に 思いやる事に尽きると思います。
あなたの健康的な物の見方、優しさ、正しいと思う事を相手を気遣いつつ、 実行する勇気こそが、本当に真の神様に通じるものであると私は信じております。
あなたとあなたのご家族が幸せでありますように。
613 名前: 名無しさん 投稿日: 2001/03/20(火) 01:09
>>612
605です。 ありがとうございます。 なんだか ホッとした、と言ったら変ですが少し>>612さんの文章を 読んで安心しました。 やっぱり 無神論者とは言え、小さい頃から母親の行動、言動を 見ていると 知らない間に洗脳、とまでは行かなくてもどこかで 汚染されていたような気がします。
神はいない、いたとしても母親の見ているものは 神ではない、 騙されているのではないか?と思ってはいましたが、幼い頃からの 積み重ねのせいで 私もどこか「神」を恐れていたような気がします。 信じてはいないのに 背いたら 何かいけないことが起きるのではないか、 自分にしあわせじゃない人生がこの先来るとしたら それは背いたせい ではないのか。 そういう風に どこか背くことにも不安を感じていました。 信じることも出来ず、また信じない事も出来なかったような気がします。
おみたまを返す、と最初に書きましたが、それは私の意志ではないの です。 正しく言えば 母親が返す事に決めたんです。 このまま手元に置いておけば 私が何かすると思っているのだと思います さすがに焼いたりは出来ないのですが・・・(その理由としては↑に 書いたように「見返り」が怖いからです)
614 名前: 名無しさん@605 投稿日: 2001/03/20(火) 01:10
(つづきです)
先日も喧嘩になり、もし私がおみたまに何かするようだったら死ぬから。 と何度も泣きながら言われました。 母が熱心にそこまで信仰するのは 私のせいかもしれません。 でも逆にそれが すごくつらいし、見ているのが嫌なのです。
母はきっと私が言っても辞めないと思います。 これ以上私が言えば 余計に信仰に励むと思います。 そうやって悪循環になり、辞めれないのだと思います。 (辞めろ、と私が言う→信仰が足りない、より熱心になる→さらに言う →またより熱心に・・・ という感じです)
父親は反対もしませんが、賛成もしていません。 「無関心」と言った感じです。(仲が悪いわけではないのですが)
宗教というものが一体どのように いい影響を母に与えているのか 全く理解できません。 見ている分には余計に 悩みを増やしたり、人間関係を悪くさせている ようにしか見えません。 母はとても弱い人です、だからこそはまってしまったのでしょう。
なぜ入信したのか、とありましたが、私が小さい頃のために きっかけは分かりません。 パートをしていた頃に友人に誘われて入ったのがきっかけだと 思いますが、また細かい事を聞いてみようと思います。
>>612さんの文を読んで本当に安心しました。 ありがとうございました。 この宗教を否定しながらもどこかで自分は間違っていることをしている のではないかと 無意識ながらに不安でした。 自分の中でも悪循環に回っていたのかも知れません。
また 書き込みしますのでよかったら聞いてください。 お願いします。
615 名前: 612です 投稿日: 2001/03/20(火) 01:39
宗教をやらなくても、立派に社会に貢献し、家庭を大事にしている人は 沢山いらっしゃいます。
605さん。あなたは間違ってはいません。お母様が弱い人であるとおっしゃ られていましたが、あなたは強く、優しく、明るい人間にこれからの努力次第で いくらでも可能なのです。それは、新興宗教に入信しなくても出来る事なのですよね。
「おみたま」を道場にお返しになられても、神様が罰をあてるなんてことは 絶対にありませんよ。ご安心ください。
宗教なんてやらなくても、強く明るく思いやり溢れる人、仕事や勉強や自分の やりたい事に一所懸命になれる人、そのような人は「神様」と口だけで言ってる 人よりも、よっぽど神様が喜ばれる人であり、本当に宗教の精神そのものを 表している人であると思います。私もそういう人間になれるように努力していき たいと思います。
私のつたない意見でよければ、出来る限り書き込みさせていただきます。 こちらこそよろしくお願いいたします。
616 名前: Tigger 投稿日: 2001/03/20(火) 15:16
>宗教じゃないよ、スウ教だよ」←これ実話。 そうですよ?真光は宗教じゃなくて、崇教ですよ。 なんで?なんか変?ぼくはどっちでもいいんだけど。
宗教も崇教もひとつの手段、方法じゃないの? 何かを目指していて、それを成し遂げつために 活用するものなんじゃないの? それが、気孔でも宗教でも崇教でも学問でも スポーツでも仕事でも、何でもいいんじゃないの? その方法のうちのひとつがうまくいかなかったり 自分に合わなかったりしたら 他の方法を探していいんじゃない?
やりたいことが無いのかな? 無いなら、「それ、探す」っていうことも、 「やりたいこと」にしちゃえば?
難しく考えるの好きな人、多いね? みんな、一生懸命だからでしょうかね(^^)
617 名前: 名無しさん@1周年 投稿日: 2001/03/23(金) 22:52
>612 あなたの言うとおり。 拍手を送ります。
618 名前: 名無しさん@1周年 投稿日: 2001/03/24(土) 22:06
>605 きっと良いことがありますよ。
619 名前: 名無しさん@1周年 投稿日: 2001/04/01(日) 03:26
真光、バカだ!!!!! いかがわしいエロ集団!!! 好きもののオババと変態青年の集まり〜 お馬鹿・・・あ〜ん、あ〜んと、ノリゴトに混じって、今日もいつでも、喘ぎ声〜 股間に溜まりすぎてんじゃないの!!!
620 名前: 名無しさん@1周年 投稿日: 2001/04/01(日) 03:42
ほにゃらほら〜 よくご存知ですね。大当たり〜です!!! 抜けなくて苦労してます。 モテナイ、ゲスブスばかりでして・・・ 今度、売春館、真光オープンです。 皆さん、欲求不満の私達信者がサービスしますから、いらして〜ん 何時でも、何処でも、誰でも、何人でも、OKの真光信者隊!!
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