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2001年12月02日(日) 荒ぶる

優勝をかけた大一番、大学ラグビー伝統の一戦は、
赤黒圧倒的有利の戦前予想を覆し、完全に紫紺の
重戦車軍団に支配されていた。
逆転してもすぐに再逆転を許し、突き放される。
前半終了時点で14-22の劣勢。

後半も開始早々、突き放しのトライを決められ出鼻を挫かれる。
その後、赤黒ジャージーはやっと自慢のバックス陣が機能し始め、
2トライを挙げる追い上げムードに。しかし、マイボールの
ラインアウトをことごとく奪われ、26分には逆に決定的とも
言えるトライを許し、追い上げムードに冷や水をかけられる。

26-34。
この時点で時間は残り15分を切っていた。
1トライ1ゴールの7点でも追いつけない点差。
しかもこの時間に至っても重戦車のデイフェンスは
劣えることを知らず、鋭いタックルで赤黒の突破を許さない。

負けてもこの点差なら赤黒の優勝は揺るがない。
けれど、圧倒的不利の下馬評の中での早慶戦で大勝。
対抗戦3連覇を狙うタイガー軍団の連勝を20で止め、
若きカリスマ監督の下で「完全復活」と謳われる
赤黒フィフテイーンには全勝優勝がふさわしい、
と例年よりも割合が多めだった赤黒ファンは思っていただろうし、
他でもない選手達自身がそう思い込んでいたのだと思う。

敵陣に入り込み攻め続けても、思うように前に進めない。
本当に等しい人数で試合をしているのか、と思わず
疑いたくなるほど、紫紺の防御網は固かった。

35分経過。36、37分・・・。
終了時刻は迫りつつあった。
もはや総立ちとなったスタンドで赤黒ファンは
誰しも半ばあきらめかけていたと思う。
ただ一つ、心に引っかかっていたのは、
点差を少しでも縮めたい後半に、度重なる相手の
反則を得ても、赤黒は一度もペナルテイーゴールを
選択しなかった事だ。
まさか、それが最後の伏線になるとは露知らずに。

翌日の新聞記事で知ったのだが、依然としてゴール前で
一進一退の攻防を続けていた後半39分、インジュアリー
タイム「4分」という掲示がボードに点灯された。
選手、観客の誰もがそんなことには気付かなかったはずだ。
ただ、その「4分」という掲示に1人勝利の女神がホンの
少し気まぐれを起こしたのかもしれない。
赤黒ジャージーが、今まで破れそうで破れなかった
ディフェンスラインをするすると抜け出したのはその時だった。

33-34。1点差。
怒号のような歓声。
しかしゴール後は相手のキックオフ。
ボールを奪って攻撃に入るには時間が足りなかった。
もしタッチに逃げられ試合を切られたら・・・。

しかし、その時の国立競技場は異様な雰囲気に包まれていた。
スタンドを埋め尽くした5万2000の観衆の誰もが「まさか」
とは思いつつ、その奇跡の瞬間を一目みたいと願っていた。
はたして、その気持ちがレフリーに伝わったのか、なぜか
赤黒のキックオフで試合再開。その時はそうとしか
思えなかったのだが、翌日の新聞によれば、
それはトライ時の相手の反則によるものだった。

出来過ぎていた。
安いドラマだってこんな出来過ぎた結末は用意しない筈。
22メートル地点で相手の反則。
最後の最後でのペナルテイーゴールの選択。
全ては必然に包まれていた。
その楕円球がゴールに入るか入らないか、
そんな選択はありえなかった。

ノーサイド。
タイムボードには4が4つ並んでいた。
36-34

紫紺ジャージー、「タテ」のメイジ。
赤黒ジャージー、「ヨコ」のワセダ。
両校が12月の第一日曜日、国立競技場で激突する
伝統の早明戦はこれまで幾多の名勝負を繰り広げてきた。
しかし、この日の試合は長い伝統をもつこのカードで
おそらく史上最も劇的な結末だった。
ちょうど一ヵ月後、またこの国立で、一層逞しさを増した
赤黒フィフテイーンに再会するのが楽しみでならない。


おじゅん |MAILHomePage

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