エンターテイメント日誌

2004年08月04日(水) これはミステリーか? <スイミング・プール>

フランソワ・オゾン監督の「スイミング・プール」が評論家を中心に評判だ。しかし宣伝文句ではこの映画はミステリーだそうだが、果たして本当にそうだろうか?僕にはむしろ「ビューティフル・マインド」と同一ネタの二番煎じという気がして仕方なかった。この映画に仕組まれたトリックに騙されるようでは映画ファンの風上にも置けないだろう。しかも「ビューティフル・マインド」は一定のルールを守っていて、真相が明かされると嗚呼、成る程と腑に落ちるのだが、「スイミング・プール」はルール無視で脚本が破綻しており矛盾だらけである。これはフェアじゃない。(以下ネタバレあり)

大体オゾン監督が過去にこの映画の主演でもあるシャーロット・ランプリングと組んだ「まぼろし」を観ていれば、「スイミング・プール」の主人公は「まぼろし」のヒロインの延長上にあることは直ぐに判るだろう。「まぼろし」の最後でランプリングは失踪した夫の幻を見いだし、その幻に向かって彼女が駆けていくところで映画は終わる。「スイミング・プール」はその白昼夢の続きに位置するのである。

評論家はランプリング演じるサラが赤を基調とした世界に住み、一方でサラが翻弄される若い娘ジュリーのイメージが青を主体としているその色彩設計を褒めているようだが、まあ確かにスタイリッシュではあるがそれ以上でも以下でもない。だからどうした?って感じ。そういう訳でこの映画の評価はC程度だなぁ。

むしろこの映画で最も驚異的で、一見の価値があるのは惜しげもなく披露してくれるランプリングの衰えぬ裸体であろう。彼女は1946年生まれ。彼女が一世を風靡したのは何と言ってもリリアーナ・カヴァーニ監督の「愛の嵐」(1973)であろう。ナチス親衛隊のダーク・ボガードに弄ばれたユダヤ人少女役。その退廃的な雰囲気の中、ランプリングの艶めかしい肢体は強烈な印象として残った。しかし「スイミング・プール」での彼女の齢は既に57歳である。にもかかわらずその裸体は「愛の嵐」の頃と全く変わりのないプロポーションを保っていたのだから腰を抜かした。あまりに乳房の形が奇麗なので「これはシリコンを注入しているに違いない。」などと下司の勘ぐりをしたのだが、彼女が横たわるとその形態が変わるのでシリコンでないことが判明してさらに驚いた。ひや〜、こりゃあ現代の驚異だわ。シャーロット姉さん、一瞬でも貴女を疑ってご免なさい。お見それしやした。


 < 過去の日誌  総目次  未来 >


↑エンピツ投票ボタン
押せばコメントの続きが読めます

My追加
雅哉 [MAIL] [HOMEPAGE]