エンターテイメント日誌

2004年05月08日(土) 此奴は凄い!韓国の黒澤明、現る。

嘗ての日本の黒澤明や印度のサダジット・レイ、あるいは台湾の侯孝賢(ホウ・シャオシェン)、中国の張藝謀(チャン・イーモウ)、香港(今は中国領だが)の王家衛(ウォン・カーワイ)、イランのアッバス・キアロスタミなどそれぞれの国にはその国家を代表する監督たちがいる。そして遂に韓国からもその人々に加わるべき極めつけの才能が出現した。ポン・ジュノその人である。いゃぁ恐れ入りました。この監督は非凡な映像センスと確乎たるスタイルを持っている。こういったものは技術とか経験を積むことでは決して獲得できない天賦の資質である。以下、彼の二作品について語ろう。

「ほえる犬は噛まない」評価B+:ポン・ジュノの監督デビュー作である。撮影当時30歳というのが信じられないくらい成熟した才気が既に萌芽している。まるでスタンリー・キューブリック先生の「博士の異常な愛情/または私は如何にして心配するのを止めて水爆を愛するようになったか」(1964)とかフランク・キャプラ監督の「毒薬と老嬢」(1944)を彷彿とさせるような秀逸なブラック・コメディである。犬を食べることを偏愛するマンションの警備員のおっさんが、スウィーニー・トッドみたいで笑えた。原題が「フランダースの犬」(アニメの主題歌もそのまま引用)というのがまた人を喰っていて素晴らしい。韓国では興行的に失敗したそうだが2000年の東京国際映画祭ではバカ受け。「ラブストーリー」など陳腐なメロドラマが未だに主流の韓国では30年早すぎた秀作なのではなかろうか(「世界の中心で、愛をさけぶ」が250万部を超える大ベスト・セラーになっている日本も明らかな退行現象が看られるのだが…)。化粧をすれば凄い美人のぺ・ドゥナがすっぴんで好演。特に彼女がここぞという場面でまるで<もじもじ君>みたいに黄色いパーカーのフードの紐をキュッと締める仕草が超キュート。惚れたぜ。今月発売されたばかりのDVDの特典映像ではヒロインのその姿の似顔絵をポン・ジュノ監督が色紙に描いている場面が登場するのだがこのイラストがめちゃくちゃ巧いんだ。絵心があるんだよね。各場面も絵コンテを描いて撮影しているみたいなので、だからこそあれだけ構図がかっちりした見事な映像が撮れるのだろう。

「殺人の追憶」評価AA:打ちのめされた。これは断言するが十年に一本お目に掛かるかどうかの大傑作である。まず映画は秋の黄金色に染まる田園風景から始まる。そしてカメラが上方にチルト(首振り)されるとくっきりとした青空が広がる。この冒頭部の映像の美しさにまず魅了され、映画に引き込まれる。すると突如として画面が陰鬱な色調に転換し、光と陰が交差するモノトーンな世界へと突入する。クライマックスのトンネルの場面でキャロル・リード監督の白黒映画の名作「第三の男」(1949)を想い出したのは決して偶然ではないだろう。そしてエピローグでは再び秋が巡ってきて冒頭と同様の風景に回帰する。しかしその同じ風景が主人公に語りかけるものは冒頭のそれとは全く異なっている。この計算し尽くされた映像設計に舌を巻かずにはいられない。途轍もない才能である。実は映画を観る前は「未解決の連続強姦殺人事件を素材に描いても中途半端な結末にならざるを得ないし、面白い筈がない。」と高を括っていたのだが、とんでもない間違いだった。暴力を行使しても自白を強要する田舎刑事と都会から派遣され、証拠に基ずく科学的な捜査を標榜する刑事の対立を軸に映画の前半は展開されるのだが、事態が進行するに従って両者の立場が逆転するという練りに練られたシナリオも素晴らしい。これは必見。


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雅哉 [MAIL] [HOMEPAGE]