エンターテイメント日誌

2004年01月24日(土) <半落ち>と直木賞

映画「半落ち」を観た。評価はB。非常に重厚な作品である。ベテランの役者たちが内容の濃い演技合戦を繰り広げ、見応えがある。特に主人公の寺尾聡、検事役の伊原剛志、そして被害者の姉を演じる樹木希林が素晴らしい。犯行供述の偽装工作を企てる県警、それを暴き立て、この事件を契機に群馬の田舎から華やかな東京へ返り咲こうと画策する検事や新聞記者などの丁々発止のやり取りが面白い。

ただし、<重厚>とは、言い換えるならば紙一重で<鈍重>にもなりかねない境界線を彷徨っているということであり、それがこの映画の弱点でもある。少々テンポが悪いのだ。それから原作を脚色するのに当たり、自首した主人公が犯行後2日間の自分の行動について供述を拒むことで何を守ろうとしているのか、その核心部分が曖昧になったきらいがある。説明不足。あれじゃ原作読まないと分かんないよ。

裁判官を演じる<純くん>、もとい、吉岡秀隆は完全なミスキャスト。滑舌悪すぎ、私情をはさみすぎ。鬱陶しいんじゃい!それから自分の父親が痴呆で暴れているのを妻が懸命に取り押さえようとしているのに、それを横で何もせずに目に涙を浮かべて眺めているだけなんて夫として失格。最低!僕が裁判官ならお前に死罪を言い渡したい。

横山秀夫のミステリ小説「半落ち」は雑誌「このミステリーがすごい!」で堂々年間ランキング一位を獲得し、直木賞候補にもなった。しかしそこで想いもかけないようなケチが選考委員から付き、大騒動となる。結局頭に来た作者が直木賞との決別宣言をするという最悪の事態に陥った。そのあたりの経緯はここに詳しい。謎の核心部分で何が問題とされたかについてはここを読めば分かるが完全にネタバレになるので、原作あるいは映画を既にご覧になった方のみご覧になると良いだろう。

最近の直木賞の選考は酷すぎる。既に名声を獲得した作家に余りにも遅すぎる時期になって今更ながらに賞を与え、またその受賞作品が完全にピントがずれているのである。例えば宮部みゆきは「理由」、船戸与一は「虹の谷の五月」、そしてつい先日、京極夏彦は「後巷説百物語」で直木賞を受賞したが、これらの作品はそれぞれの作家の代表作では決してないことはミステリ・冒険小説ファンなら誰でも知っている紛れもない事実である。そして実はこの三人の作家はそれぞれ直木賞よりも前に既に山本周五郎賞を受賞しているのだ。宮部みゆきは「火車」、船戸与一は「砂のクロニクル」、京極夏彦は「覘き小平次」で。こちらの選定の方が明らかに妥当である。「文学賞メッタ斬り!」にも書かれているが、直木賞よりも山本賞の方が権威がある・信頼できるということは文壇では既に常識となっている。

何故直木賞はこれほどまでにも堕落したのか?答えは明白である。選考委員の選択を誤っているのだ。質が悪すぎる。選考委員にミステリ作家が極めて少ないことも問題だろう。だから「半落ち」が馬鹿馬鹿しい理由で受賞できないという醜態を演じる羽目に陥るのである。現在日本のエンターテイメント小説の主流はミステリ・冒険小説である。その点で直木賞は完全に時代に乗り遅れた。選考委員の一新を望みたい。


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雅哉 [MAIL] [HOMEPAGE]