エンターテイメント日誌

2003年06月21日(土) 究極の幻想映画(+落ち穂拾い)前編

まず最近観た映画の落ち穂拾いから。

「エルミタージュ幻想」…アルフレッド・ヒッチコックは映画全編をワン・カットで撮りたいという夢を抱いて、映画「ロープ」を製作した。しかし、撮影フィルムは一巻が10分しかないので、その繋ぎ目では例えば人物が横切るなどして、瞬間的に画面が真っ暗になったカットで編集するという方式をとらざるを得なかった。結局出来上がった作品はテンポが緩く、ヒッチ特有の切れ味に欠け、本人自身も失敗作だと認めている。時代は移り映画をハイビジョンカメラで撮るようになって、このような問題は解決した。そしてこの全編ワンカットという暴挙に再び挑んだのが露西亜のアレクサンドル・ソクーロフである。まあ、その志は潔しとしよう。クライマックスの人海戦術を駆使した舞踏会の場面は確かに圧巻である。しかし、なにしろ展開がかったるい。面白みに欠ける。やはり映画の魅力はモンタージュ、そのカットとカットのせめぎ合いにこそ潜んでいるのだということを再確認した。

さて、本題に移る。

最近では「ハリー・ポッター」や「ロード・オブ・ザ・リング」などファンタジーが花盛りである。映画のみならず本も売れまくり、例えば日本ミステリイ界の女王、宮部みゆきも小説「ブレイブ・ストーリー」でファンタジーに挑んでいる。しかし、僕にとっての幻想映画とはこのような魔法使いが登場する作品ではなく、むしろ失われてゆく<時>を主題としたものに強く心を揺さぶられるのである。「時をかける少女」「さびしんぼう」「はるか、ノスタルジイ」など大林宣彦監督作品を偏愛するのもそのせいなのだろう。そのような作品群の中で<究極>の2本のハリウッド映画を紹介したい。まず今回は「ジェニーの肖像」(1948年)である。

原作はロバート・ネイサンの著名な幻想小説である。ここ(←クリック!)に掲載されているネイサンの小説の表紙を眺めているだけで愉しい気持ちになる。しかし、もうその殆どが絶版になっているのがとても残念だ。ネイサンはもはや世間から忘れかけられている作家なのかも知れない。

「ジェニーの肖像」はある日主人公の画家が出会った幼い少女が、出会うたびに時を超えて成長していくという浪漫的な物語である。この小説が後の作家達に与えた影響はとても大きく、僕の知っているだけでもジェニーが影を色濃く落としている日本の小説は浅田次郎の「鉄道員」、山田太一の「飛ぶ夢をしばらく見ない」(このふたつは映画化されている)、恩田陸の「ライオンハート」等がある。「飛ぶ夢をしばらく見ない」の場合は主人公が出会った老婆が逢う毎にどんどん若くなっていき、最後には幼女にまで遡るという<逆パターン>である。ちゃんと小説中に「ジェニーの肖像」への言及もある。恩田陸の場合はこちらで正々堂々と「ライオンハート」は「ジェニーの肖像」へのオマージュであると、熱い想いを語っている。また漫画に目を向けるとこちらのサイトによれば、水野英子の「セシリア」、石ノ森章太郎の「昨日はもうこない、だが明日もまた…」、池田理代子の「水色の少女」などが「ジェニーの肖像」に触発された作品だという。

僕は勿論、原作小説も読んだのだが、映画の完成度は明らかに小説を超えていると信じて疑わない。まず脚色が素晴らしい。原作では大きな役割を与えられていない画商の女性が、映画では非常に謎めいて陰影に富む存在となっている。また、この映画は公開時にアカデミー賞で特殊効果賞を授賞しているのだが、非常に凝った絵画的で美しい映像が心に深く残像を刻む。さらに、亜麻色の髪の乙女・牧神の午後への前奏曲・アラベスクなど、ドビッシーの名曲を編曲して取り込んだディミトリー・ティオムキンの音楽が印象的。

この映画を製作したデヴィッド・O・セルズニックは「風と共に去りぬ」のプロデューサーとして余りにも有名だが、この映画は彼の妻で女優、ジェニファー・ジョーンズのために企画された。そのセルズニックの愛が全編に溢れ、ジョーンズもその期待に応え神々しいまでに美しい(実は本来余り僕の好みの女優さんではないのだが、これは別格だ)。もう本作に出演したというだけで女優冥利に尽きるだろう。そして、そういう想いこそがこの映画を一層輝かせているのだろう。

僕はこれを従来BSでの放送やレンタルビデオで愉しんできたので徹頭徹尾、白黒映画だと今まで信じてきた。だからつい最近DVDを購入して驚愕した。映画のクライマックスで次第に画面が色付きはじめたのである。そして最後の最後でフル・カラーになった瞬間、滂沱の涙が流れて止まらなかった。オリジナルはこんな演出だったのだ!もうその鮮やかさに茫然自失してしまった。必見。


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雅哉 [MAIL] [HOMEPAGE]