東京の片隅から
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梨木香歩「村田エフェンディ滞土録」読了。 オスマン帝国末期のトルコはイスタンブールに派遣された考古学者の卵村田氏を巡るあれこれ。「エフェンディ」とは、トルコ語で「先生」を意味するらしい。話の内容は「家守奇譚」にもつながる人と物、彼岸と此岸との境目が曖昧な梨木ワールドだが、最終章が切ない。 余談。世界史は受験に必要ないからといって勉強しないでいると、こういう小説を読む楽しみもなくなる。知らなくても読めるが、知っていればより深く楽しめるであろう、そんな話。
夜、NHK「激流中国」を見る。今回は水不足の話。目の前にあるダムの水が使えない村。浴室が複数あることがステイタスの首都。この国はいつまで保つのだろう、と思う。 中国に旅したとき、西安から敦煌へ飛ぶ飛行機から地上をずっと見ていた。その年は雨が少なく、西安の周辺でも枯れかけたトウモロコシ畑が広がる状態だったが、さらに西に向かうに従い、地上の緑は薄くなっていき、ある一線で消えた。文字通り「消えた」のである。鉛筆で適当に線を引き、右側を黄緑、左側を黄土色で塗り分けたような、くっきりとした境界だった。 中国語の先生が、日本に来てびっくりしたのはシャワーの水圧の強さだった、と語ったのを聞いたが、確かにそれは事実で、ランクの高いホテルでもなかなか湯のたまらない浴槽、全開にしてもしょぼしょぼとしか出ないシャワーに、日本の水事情の豊かさを思い知るのだった。 中国の支配者の正当性は治水と前王朝の年代記を発行することにある、と皮肉を込めて言った人を思い出す。年代記は清朝末期から発行されていない。それでは治水は?この先も注視していくことになるのだろう。
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