東京の片隅から
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牛柄の猫はいても猫柄の牛はいない。 なぜそんな話になるかというと、会社の裏に牛柄の猫が住んでいる、という話になったからだ。 牛柄、という言葉だけでその場はなんとなく収まったのだが、それは牛柄といえばだいたいホルスタイン柄のことを指すし、みんなの頭の中にもホルスタイン柄の猫が現れたからだろう。 他に牛の種類を知らないせいである。もし他の柄があったら、牛柄という言葉は存在しないのだろうと思う。 すいかといえば日本人は緑地に黒のしましま。だがこの柄になったのは明治以降。それまでのすいかは黒一色である。中国に行ったら緑一色だった。これではただの瓜だ。(いや瓜だが) 1パターンしかないから想像できるので、いくつもパターンがあり得る場合、それぞれの頭の中にあるイメージはかなり違うものらしい。
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