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夢の図書館新館

お天気猫や

-- 2006年05月08日(月) --

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『テムズ川は見ていた』

時はヴィクトリア朝時代。テムズ川の流れるロンドンの下町を舞台に、一人の少年が巻き込まれた謎の陰謀。大物政治家の汚職事件。 身よりのない煙突掃除の少年、バーナクルは、ある時、何も知らずに煙突の中で陰謀を盗み聞きしてしまう。バーナクルを追うクリーガー警部、少年を保護するはしけ乗りの男、ゴズリング。

原題は『The December Rose』。テムズ川で繰り広げられるこの物語において、象徴的な役割を果たす船の名である。「12月のバラ」は赤い色のはず―殉教の象徴なのだから。バラは英国の国花でもある。

もう5年以上も前になるが、冬のはじめのロンドンでほっつき歩いたあたりが舞台というのもあって、聞いたり見たりした地名がたくさん行き交う。テムズの川幅は決して広くないし、澄みわたってもいないけれど、あの曲がり具合も、都市や人間にとってちょうどぴったり、旅の日本人にとってもそう思えて懐かしい。

この川を借り船で上ったり下ったりして物資を商いながら生活しているゴズリング、彼が恋している船持ちの未亡人、マクディパー夫人の姿が、川辺の空気とともに浮かんでくる。 誰にも愛されなかった孤児のバーナクルにとって、新しい家族と船での生活は、身近に迫った危険を補うほど魅力的だった。

帯に「格調高い児童文学」と書かれている。主人公は貧しくても元気いっぱいの少年バーナクルだが、大人たちの関係や、社会の枠組みのなかで生きる個人の思いをたんねんに描いていて、大人にとっても読み応えのある作品。とりわけ、報われない愛や信念に絡まった者の苦悩、そして憐れみと正義感について。

ガーディアン賞やウィットブレッド賞を受賞した著者得意の歴史小説は、抑えた筆致ながら薫り高い人生の物語である。以前にも書いたけれど、このような歴史小説は日本ではまだこれからだと思う。

特徴的だと感じたのは、人物の描写に象徴的な色合いや小道具、所作を効果的に配している点。最もわかりやすいのは、バーナクル本人の色。煙突掃除時代のまっ黒から、はしけ乗りになって白く変わる。全編を通じて追われつづけるバーナクルをはじめ、見張り見張られる者たちの息詰まる緊張感は、色や小道具によって煽られ、落ち着く所に落ち着いてゆく。

彼らをロンドンの霧のごとく包む流行歌の一節は、私のような異国人にとってすら、胸騒ぎ効果充分である。(マーズ)


『テムズ川は見ていた』著者:レオン・ガーフィールド / 訳:斉藤健一 / 出版社:徳間書店2002

2003年05月08日(木) 『クモの宮殿』
2002年05月08日(水) ☆リンダ・ハワード・リーディング(その2)
2001年05月08日(火) 『十二国記』

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