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夢の図書館新館

お天気猫や

-- 2002年07月12日(金) --

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『ねじれた夏』

☆おとなになっていく夏。

14歳の少女シシー。 おとなとこどもの狭間で揺れ動く時期。 2年ぶりに訪れた祖父母の住む湖畔の避暑地は なにかがぎくしゃくしている。 シシーがひそかに憧れていたジャックのお兄さんが、 同じ湖畔のコテージに住む少女を殺し、 刑務所に送られたのだという。 信じられないシシーは、ジャックのためにも、 本当のことを突き止めようとするが。

『ねじれた夏』は、「ユースセレクション」という 10代からの翻訳シリーズの中の一冊です。 その他には、『ザ・ギバー』(ロイス・ローリー)などもあり、 大人が読んでも、読み応えのある“チョイス”だと思います。 『ザ・ギバー』は、“しあわせ”とは、どういうものなのか、 深く考え込んでしまう、ある意味哲学的な味わいもあるSFでした。 そして、この本も、人の心の機微、今まさに脱皮して 蝶になろうとしている少女の揺れが描かれた、 とてもいいミステリです。 “ヤングアダルト”向き、といっても、 なかなか一筋縄ではない面白い本が揃っています。

さて、物語の関心は、 ほんとうにジャックのお兄さんが犯人なのか? ほんとうは、いったい誰が「少女」を殺したのか。 ミステリを読む楽しみと、なによりも、少女シシーやその家族、 ジャックや湖畔に住む人々の心の動きやとまどいなど、 丁寧に描かれた心のひだに触れていく楽しみがあります。

個人的には、特に、シシーが自分をかわいがってくれた祖母を 亡くす場面に胸を打たれました。 死期の迫った祖母のお見舞いに行くことを何とか避けようとするシシー。 大好きで、あんなにもかわいがってくれたおばあちゃんなのに。 祖母を避け、そのお葬式にも出たがらないシシーは、 一見、薄情にも見えるけれど、それも、愛情が深かったから。 子供っぽい思いかもしれないけれど、衰えていくおばあちゃんの姿を、 この目に残る、最後の姿にはしたくない。

そういうかたくなな思いはよく分かる。 思い出す時は、共に過ごした最上の時を思い出したい。 殺人事件だけでも、心が塞ぐのに、さらに、祖母の死と、 シシーの14歳の夏は、つらいことが続きます。

湖畔の避暑地といっても、高級リゾート地ではなく、 ごくごくふつうの人たちが、夏を楽しむためにやってくる 静かで小さな別荘地です。 もちろん、みんながみんな、夏に一ヶ月、二ヶ月単位でバカンスを 過ごせるわけではないでしょうが、そういう、夏の過ごし方もあるんだな。 と、うらやましくなりました。 バカンスというのは、日常的でとてもゆたかで大切なものなんだと。

こういう閉ざされた、ごく親しい小さなコミュニティで起きた殺人事件なので、 事件の当事者のみならず、コミュニティのどこかしこに、 傷を残しています。兄の殺人の嫌疑のために、 ジャックもジャックの母もひっそりと、暮らすようになり、 また、近所の人々も、彼らを避けているのです。 無実を信じ、こっそり、真犯人を捜しているうちに、 シシーも、表には出てこない、回りの人々の心の傷やとまどいを知るようになります。 一見、冷たく見えても、必ずしもそうではないことが。

14歳の夏。 シシーは、小さなコミュニティで起きた殺人事件を通して、 大人への階段をのぼっていきます。 大切な人たちを守ることが、残酷ともいえる喪失をともなうことを知らずに。

ひと夏の、少女の成長の物語には、ミステリあり、 淡く微笑ましいロマンスありと、ゆたかな味わいのある1冊です。 (シィアル)

※原書の表紙デザインは、ニューヨーク書籍見本市で二等賞をもらったそうです。この訳書も、原書と同じ写真が使われていて、落ち着いた色合いも素敵です。


『ねじれた夏』 / 著者:ウィロ・デイビス・ロバーツ / 訳:笹野洋子 / 出版社:講談社

2001年07月12日(木) 『だれも欲しがらなかったテディベア』

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