先日親戚から母に四十九日の件で連絡があったらしい。 「来てくれ」と言っていたそうだ。 これでまた何時間か黙り続けるという、修行をさせられることになった。 また、通夜や葬儀の時は、斎場でやったのでいすに座っていればよかったが、四十九日は親戚宅でとり行われるため、魔の正座を強いられることになる。
ぼくは昔から正座がダメである。 過去何度か正座で長時間座っていられるようになろうと努力したが、結局ダメで、今ではせいぜい10分ほどしか座れない。 通夜、葬儀、初七日を通して参加したが、読経は結構長かった。 特に初七日は、読経がすんだあとに「○○和讃」なる小冊子を手渡され、和尚といっしょに読まねばならなかった。 さらに説法が続いたから、葬儀の時よりも時間がかかったのだ。 四十九日も、初七日と同じく法事なのだから、同じ展開になうような気がする。 どうしよう。
ところで、初七日でもそうだったが、遺族以外の親戚はうちの家族しかいなかった。 元々遺族は「参加してくれ」などとは言ってなかった。 法要を終えたあと、後ろの席にぼくたちがいたので意外な顔をしていたくらいである。 そういう遺族が、わざわざ「四十九日に参加してください」と言ってくるのはおかしいと思う。 もしかしたら、親戚付き合い好きの母が、 「四十九日、どうしましょうか?」と尋ねたので、しかたなく遺族が、 「お出でてください」と言ったのではないかと思う。 この調子だと、初盆はおろか、一周忌や三回忌にも付き合わされそうな気がする。
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