夕べ飲み過ぎて不覚にも眠ってしまったため、またもや翌朝にこの日記を書いている。
午前5時前に目が覚めた。 空がまだ薄暗い中、鳥たちはすでに目覚め、朝のさえずりを聞かせていた。 それからほどなく夜は明け、朝の風景がぼくの部屋の窓一杯に広がった。
ぼくの部屋の真正面には公園がある。 小学6年の頃、友だちとブランコで遊んでいた。 そこにクラスの女の子がやってきた。 ぼくは格好つけて、ブランコから飛び降りた。 ところが、着地の時にバランスを崩してしまい、こけてしまった。 翌日、クラスでそのことが話題になり、ぼくはクラス中の笑い者になってしまった。 ブランコは、今も変らず同じ位置に設置してある。
また、中学の頃、その公園に牛が繋がれていたことがある。 ぼくと友人は、恐る恐る、その牛に近づいていった。 ぼくたちと牛との距離は、およそ1メートルになった。 そんなに近くで牛を見るのは、生まれて初めてだった。 さすがに牛を触る勇気はなかった。 しかし、せっかくの初体験である。 見ているだけではもったいないと思ったぼくは、「バーカ」と言ってみた。 すると友人は、「バカとか言うて、わかるわけないやないか」と言った。 「じゃあ、何と言えばいいんか?」 「こういう時は…、アホやの」 「変らんやないか」 「いや、アホでいいんよ」 彼は牛に向かって「アホー!!」と怒鳴った。 すると、牛の鼻息が急に荒くなった。 そして前脚で地面をかき始めた。 「おい、お前がいらんこと言うけ、怒り出したやないか」 「知るかっ!」 ぼくたちは慌てて逃げていった。 そういった思い出を持つ公園である。
その公園に十数本の樹木が植えてある。 秋になると、赤や黄色に色づき、見応えがあるのだが、今は緑に覆われている。 その緑が、ずっと森まで続いている。 その緑の中に、百姓成金のような家の屋根が見える。
その森の向こうに、新興住宅地が見える。 ぼくが小学校に通っていた頃、そのへん一帯は田んぼだった。 農閑期には藁が積んであって、そこでぼくたちは空中回転やバク転の練習をしたものだった。 友人Kが野グソをたれた場所も、ここからはっきりと見えている。
そのまた向こうには、ぼくの通った小学校が見える。 ぼくが通った頃の汚い木造校舎とは違い、近代的な鉄筋校舎である。 今の校舎は、かつての運動場のあった位置に建ててある。 かつて校舎のあった位置が、今の運動場である。 あの頃はかなり広く感じた運動場も、今行ってみると狭く感じる。
その小学校の裏に小さな山があった。 理科の時間に、ドングリや松ぼっくりを拾いに行った山だ。 小学校から狭い道を抜けてその山に入ったのだが、今は狭い道を抜けると、そこに広いバイパスが出来ている。 通りには、レストランやカラオケボックスなどが、所狭しと並んでいる。 以前この日記で紹介したスーパー銭湯も、この並びにある。
バイパスの向こうは相変わらずの風景だ。 裏山からずっと、小高い山が続いている。 小学校の横に、小さな神社がある。 その神社の横に細い道があった。 そこから、その一連の山に入って行く。 かつて、その山の途中に池があった。 その奥には牧場があった。 それらが今どうなっているのかは知らない。 知っているのは、そこが今、学術研究都市になっている、ということだけである。
それにしても、高校時代に「ど田舎」と笑われたこの地が、今では区内有数の商業・住宅地になっている。 まあ、30年以上も経っているのだから、別にそうなっていてもおかしくないのだが、ぼくの中では、あまりにも早い進歩である。
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