| 2002年05月20日(月) |
バンド『TPY-�僑臓� |
『TPY-�僑臓戮砲弔い鴇�し記しておく。 『TPY-�僑臓戮箸いΔ里蓮∈鯑�も少し書いたが、ぼくが高校時代にやっていたバンドの名前である。 ELPやCSNYのように、名前の頭文字を取ったものであるが、彼らと根本的に違うのは、その名前というのが、メンバーの名前ではなかった点にある。 では、誰の名前から取ったものかというと、それは当時バンドのメンバーが好きだったアーティストの名前だった。 Tは拓郎、Pはポール・マッカートニー、Yは陽水、�僑造魯咫璽肇襯困肇椒�・ディランである。 �僑造箸いι週�は、言うまでもなく、数学�僑造�らの引用である。
バンドは4人で、ボーカル、ギター、ベース、ドラムスというシンプルな構成だった。 バンドとしての構想は、高校2年の時からあったのだが、実際にやったのは、高校3年の夏休みだけだった。 ぼくたちが目指していたのは文化祭だった。 その文化祭のオーディションが2学期の初めにあるため、夏休みに練習することにしたのだ。 1学期の終業式の日に、オーディションの申し込みを行い、練習は始まった。
困ったことが起きた。 やる曲が決まらなかったのだ。 練習期間は夏休みだけ、という制約がある。 その短い期間に、人の歌のコピーなどしても間に合わうはずがない。 しかたなく、ぼくのオリジナル曲をやることにした。 そこには、誰も知らない曲なので、失敗してもわからないだろう、という計算があった。 当時、ぼくの高校の音楽レベルは、かなり高いものがあった。 その中で、人の曲をやるとなると、少しミスしただけでも目立ってしまう。 プライドの高いぼくたちに、それは許されるものではなかった。
まず、ぼくが何曲かのオリジナル曲を聴かせ、その中から選んだ。 とりあえず、『ゲームは終わった』と『アリ』という歌を演奏することにした。 後は、おいおい選ぶ、ということで、まずこの2曲を練習した。 どちらも、ぼくが高校2年の時に作った歌である。 この2つの歌を選んだのには理由がある。 ぼくが歌詞を見ないで歌えること、コード進行が簡単なこと、どちらも8ビートの曲なのでリズムがとりやすいこと、だった。 つまり、単調な曲なので簡単に出来る、ということである。
ぼくたちは、友人の家に機材を持ち込み、一生懸命練習した。 その中で、新しい曲も生まれた。 『ケッチョク』という曲である。 『ケッチョク』とは、高校の先生のあだ名で、「結局」というのを「けっちょく」と言うことから付いたあだ名である。 曲のほうは斬新であった。 ただ、演奏に乗せて、「ケッチョク」と繰り返し言うだけだった。
その『ゲームは終わった』『アリ』『ケッチョク』が出来るようになったのは、練習を開始して3週間ほど経ってからである。 その頃から、メンバーが集まらなくなった。 いつも誰かが欠けている状態だった。 だんだんぼくも、情熱が冷めていった。 お盆を過ぎた頃には、もう誰も練習には行かなかった。
夏休みが終わり、オーディションの日が来た。 オーディション会場では、「TPY−�僑臓廚諒�ー」と呼んでいたが、メンバーは誰もそこには行ってなかった。 当然、棄権と見なされて落選した。
さて、文化祭当日。 久しぶりにメンバーが集まり、せっかく練習したんやけ、どこかでやろう、ということになった。 場所は柔道場にした。 実に斬新なライブになった。 バンドが100畳ある柔道場の四隅を陣取り、客をその中に座らせることにした。 やった曲はもちろん、『ゲームは終わった』『アリ』『ケッチョク』である。 『ケッチョク』が終わった後、「凄い!」という歓声とともに、観客から拍手が巻き起こった。 その時、観客は二人であった。
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