Lacrimosa 日々思いを綴る
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市街地の中央広場の大時計が、ルセボールに鐘の音を響かせた。正午の知らせだ。 たとえ曇天の日であっても、太陽が真南に来る時刻になると、正確に鐘を鳴らす。この装置を作ったのは、ディガンだ。 物質のわずかな振動を読み取り、正確な時を刻む。たとえ数万年経とうとも、狂う事はないのだ、と彼は言った。 その3年後、今から7年前、ディガンはルセボールを去った。再び現れるまでの2年間、何が彼を狂気に走らせたのかは、誰にもわからない。
旅の仕度を整えたエルグレンが東門に到着したのは、鐘が鳴って程なくの頃だった。 ティムはすでに門の近くで待っていた。彼女の住む『火炎魔法研究区画』は都市の東側に位置している。 ディガン戦役の際、自らが発した超高熱でひしゃげたサークレットは、新しくなっていた。機能の中核を成す深紅の宝玉は、以前のものをそのまま使っているようだが。 「ずいぶんと早いな、ティム。約束の時間には、まだ余裕があるのに」 エルグレンは背負った荷物を足元に降ろし、軽く首を回した。 「一昨日のうちに、仕度は済んでいたのよ。多分こうなるだろうと思っていたから」 議会に召喚され、ミウとラクリモーザの追跡を命じられたのは、昨日の事だ。 2人を連れ戻すには、エルグレン、ティム、エリオス、レミネスの4人が最も適任であると判断された。 共に戦った彼らの説得になら、ラクリモーザも応じるであろうとの判断だ。 また、万が一交戦状態に陥ったとして、ムラサメを持つラクリモーザに対抗出来るのは、彼らをおいて他にないのである。 ルセボールの最新技術を結集した装備が与えられたのも、そういった事態を考慮しての事だろう。 エルグレンが身につけたスーツアーマーを眺めながら、ティムは一つ息をついた。嫌な気分になった合図だ。柔軟でありつつも、極めて頑強なその鎧は、ディガンの軍勢が身につけていたものを分析し、作成した最新式のものだ。原料が石炭だとは、とても思えない。 「あの石頭、私達とラクリが本気でやり合うとでも思ってるのかしら」 石頭とは、ミウの身柄拘束を提言した司祭・レイムートの事だ。正確には、彼の側近であるバザードの意向なのだが。 「言葉が過ぎるぞティム。…司祭の方々は、ラクリモーザの真意が読めずに、不安になっておいでなんだろうよ」 「不安?私は恐れだと思うわ。大きな力に対する恐れ。彼らはラクリがムラサメを使いこなせるようになるのを恐れているんじゃない?」 妖刀ムラサメ。伝説によれば、神を斬るために作られたとされている。ディガンとの戦いの最中、一瞬垣間見せたその力は、まさに神をも滅ぼしかねないものだった。 「あのバザードって補佐官、どうも気に入らないのよ。…ねぇエルグレン、今回の任務って、私達の厄介払いが目的なんじゃないの?」 「もういい、やめろティム」 エルグレンはティムから顔を背けた。この話題は、これ以上続けたくなかった。 禁呪『フラミス・アクリブス』を操るティム。 朱の魔剣士バルガインと渡り合うほどの剣技を持つ、エルグレン。 高次元への霊門を開き、神霊の加護を得られるエリオス。 大地のあらゆる理に精通し、上級精霊とも通じ合うレミネス。 確かに彼らの力は、常人から見れば恐るべきものであろう。 自分たちの力は、疎まれるものなのか…? エルグレンの視線の先に、エリオスとレミネスが現れた。丁度約束の刻限だ。 「やあ、二人とも早かったね」 「…ん?あ、ああ」 エリオスの言葉に、エルグレンはぎこちなく応えた。 「はて…お二人とも、どうかしましたか?」 二人の間の妙な空気を、レミネスは感じ取ったようだ。 「別に。何でもないわ」 「ふむ…そうですか」 「そう、何でもないさ。…さ、出発するか」 足元の荷物をひょいと担ぎ上げ、エルグレンは門へ向き直った。 今回の任務は、徒歩での旅となる。議会は馬車を準備すると言ったが、検問のある街道を避けて通るであろうラクリモーザの追跡には、あまり役には立たないだろうと断った。 門をくぐる彼らに、2人の守備兵がガッチガチに緊張しながら敬礼した。黒竜王クロムに謁見したエルグレン達は、ルセボールの民の羨望の的だ。
ミウを連れ、東へ向かったラクリモーザを追うため、4人も東を目指す。 世界に危機が迫っている。水が警告を発している。 ミウの言葉の真意は、何だろうか。 そして、ミウを連れ去ったラクリモーザの真意は…? 街道を行くエルグレン達の足元に、いくつもの水溜りが出来ていた。 濁った泥水を湛えた水溜りだが、雨上がりの青空を映したそれは、青く澄んで見えた。
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