有山瑞穂の日常
DiaryINDEXpast


2011年01月02日(日) 11年1月2日

正月二日、比較的穏やか。


2009年01月06日(火) 旧年中は…


生涯の友となろう盟友の死、義弟の死、大好きだった伯父の死…
自分だけが、おめおめと生きている…

不安定な生

我が子らが、巣立ちするまでは…

汚辱に塗れようとも


2008年04月16日(水) 初七日



亡くなった日は雨がちな一日で…。だから仕事は休みで、日頃の疲れを癒していた…。昼寝をしていて…そのまま

葬儀の日は、寒い一日で…途中から雨

今日は、穏やかで暖かい一日



2008年04月14日(月) 訃報



遺族親族を代表いたしまして、お礼のあいさつを申し上げます。

本日は、公私ともにご多用のところにも拘らず、故人の葬儀に、ご会葬いただきまして、誠にありがとうございました。
また、香典やお供え物など賜りまして、遺族に代わりまして厚くお礼申し上げます。

さて、故人は昭和33年に生を受け、以来地域の皆様のお世話になりながら成長してまいりました。成人しては、父とともに石材店を営み、ここ数年は、長男とともに仕事をしておりました。二人で仕事をしている姿を見かけ、ほほえましく感じたものです。

4月10日突然の訃報に接しました。急性心不全でした。

「…ちゃん!お早よう!もう起きなよ!十一政宗、飲もうよ。」

いまだ、信じることができません。


故人が生前、皆様から受けた、ご厚情、ご指導、誠にありがとうございました。故人、遺族に代わりまして厚くお礼申しあげます。
残された遺族はまだ未熟でございます。生前、故人に賜りました、ご厚情、ご指導を故人同様賜りますよう、深くお願い申し上げます。

また、組内の皆様には、先日より大変お骨折りを賜りまして誠にありがとうございました。この場をお借りいたしまして、厚くお礼申し上げます。
はなはだ粗辞でございますがお礼のあいさつといたします。
本日は、誠にありがとうございました。


2007年09月16日(日) 暑い秋



もう、夏は過ぎたはずなのに

虫の声も中秋

この寝苦しさは、なんだろう



まるで、あなたのこころを映しているよう

あなたのの苦しみを僕に分けて欲しい

いっしょに歩きたい




2007年06月28日(木) 感動したことば

葉っぱのフレディ ―
いのちの旅


 一緒に生まれた 同じ木の 同じ枝の どれも同じ葉っぱのなのに どうして[秋になると]違う色になるのか。フレディはふしぎでした。
 [兄貴分の]ダニエルが言いました。「生まれたときは同じ色でも いる場所がちがえば なにひとつ同じ経験はないんだ。だから紅葉するときはみんなちがう色に変わってしまうのさ。」……
 [秋になって]枝にしがみつく葉もあるし あっさりはなれる葉っぱもあります。
 [葉っぱのフレディは枝からはなれる運命を聞き]「(それは)死ぬ ていうことでしょ?」
 「ぼく 死ぬのがこわいよ」とフレディが言いました。[ダニエルが答える]「まだ経験したことがないことは こわいと思うものだ。世界は変化しつづけているんだ。変化しないものは ひとつもないんだよ。ぼくたちも変化しつづけているんだ。死ぬというのも、変わることの一つなのだよ。」
 変化するって自然なことだと聞いて フレディはすこし安心しました。
 [ダニエルの葉が散り、次いでフレディの葉も散り、冬の日の雪の上に落ちてゆく]
地面におりたフレディは、たくましい木の全体の姿を見て、これならいつまでも生きつづける木にちがいないと思いました。……フレディは雪の上で目を閉じねむりに入りました。
フレディは知らなかったのですが― 冬が終わると春が来て 雪はとけ水になり 枯葉のフレディは その水に混じり 土に溶け込んで 木を育てる力になるのです。
“いのち”は土や根や木の中の 目には見えないところで 新しい葉っぱを生み出そうと 準備をしています。
大自然の設計図は 寸分の狂いもなく “いのち”を変化させつづけているのです。

レオ・バスカーリア

みらい なな訳(一部改訳)(童話屋) 『道をてらす光』より



2007年02月13日(火) 娘 二人



私には二人の娘がいます。私にとってかけがえのない子達です。その二人が…この一年の間に、気持ちの余裕を失っていた。或いは失わせていた。
少しは気付きながら、これほどまでとは考えが及ばなかった。いわゆる思春期に入って会話は必要最小限…女の子だから…淋しいけどしかたない…深入りするのを避けていた。


昨夜…私が遅く帰宅したとき…大抵お帰りの挨拶に出て来て直ぐ部屋に戻るのだが、昨夜は私が夕飯を食べ始めても近くに座っている。そのうち、目頭を押さえ…涙を拭き始めた。
ん…正直、内心うろたえた。どうした…

涙声で、娘の苦しい、辛いこの半年を始めて聞いた。それほどだったのか…不明の父を詫びる。

上の娘は昨年春に就職して、数か月で体調不良。発熱を繰り返し、勤務先の好意で時間内通院をしながら勤務したけど八月末で退職。その後、大学病院へ行くが原因わからず。日常の生活はやや疲れと発熱は相変わらずだけれど…見た目普通の生活。そこで…社会復帰、就職と自身の健康への不安。勤めるからには、中途で辞める事は迷惑をかけてしまうからどうしよう…といった不安。周りからの遊んでいてはいけないといった重圧。それらが…自殺をおもい浮かばせる程だったこと…
祖母達がお嫁にいったら…それを真似て妹も言う。…私はこの家で必要無いんだ…居ないほうが良いんだ…死んでしまいたい…
そう…何回も思った…

そのような話を初めて聞かされた。それほど苦しんでいたのか。
ごめん…としか言えない。焦らないで…ゆっくり身体を治そう…しか言えない。



2006年12月27日(水) 冬の嵐



メイストーム(五月の嵐)

ならぬ…ウィンターストーム

嵐の過ぎた翌朝の景色は…

春先の様



2006年12月13日(水) 時雨



午前中あれほど暖かで…
急に雲が湧き

夕方には雨・・・




あなたが新しい道を確実に歩き始めた

それとともに

距離が開いていく・・・


・・・喜ぼう


2006年12月03日(日) いつの間にか冬・・・



あれから二回目の冬を迎えようとしている

でも、あなたを取り巻く環境は大きく動いた

あと一頑張りだね

夜空には月が輝いている
星は見えない

雲はない

明朝も冷え込むかな




有山瑞穂

My追加