有山瑞穂の日常
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正月二日、比較的穏やか。
生涯の友となろう盟友の死、義弟の死、大好きだった伯父の死… 自分だけが、おめおめと生きている…
不安定な生
我が子らが、巣立ちするまでは…
汚辱に塗れようとも
亡くなった日は雨がちな一日で…。だから仕事は休みで、日頃の疲れを癒していた…。昼寝をしていて…そのまま
葬儀の日は、寒い一日で…途中から雨
今日は、穏やかで暖かい一日
遺族親族を代表いたしまして、お礼のあいさつを申し上げます。
本日は、公私ともにご多用のところにも拘らず、故人の葬儀に、ご会葬いただきまして、誠にありがとうございました。 また、香典やお供え物など賜りまして、遺族に代わりまして厚くお礼申し上げます。
さて、故人は昭和33年に生を受け、以来地域の皆様のお世話になりながら成長してまいりました。成人しては、父とともに石材店を営み、ここ数年は、長男とともに仕事をしておりました。二人で仕事をしている姿を見かけ、ほほえましく感じたものです。
4月10日突然の訃報に接しました。急性心不全でした。
「…ちゃん!お早よう!もう起きなよ!十一政宗、飲もうよ。」
いまだ、信じることができません。
故人が生前、皆様から受けた、ご厚情、ご指導、誠にありがとうございました。故人、遺族に代わりまして厚くお礼申しあげます。 残された遺族はまだ未熟でございます。生前、故人に賜りました、ご厚情、ご指導を故人同様賜りますよう、深くお願い申し上げます。
また、組内の皆様には、先日より大変お骨折りを賜りまして誠にありがとうございました。この場をお借りいたしまして、厚くお礼申し上げます。 はなはだ粗辞でございますがお礼のあいさつといたします。 本日は、誠にありがとうございました。
もう、夏は過ぎたはずなのに
虫の声も中秋
この寝苦しさは、なんだろう
まるで、あなたのこころを映しているよう
あなたのの苦しみを僕に分けて欲しい
いっしょに歩きたい
葉っぱのフレディ ― いのちの旅
一緒に生まれた 同じ木の 同じ枝の どれも同じ葉っぱのなのに どうして[秋になると]違う色になるのか。フレディはふしぎでした。 [兄貴分の]ダニエルが言いました。「生まれたときは同じ色でも いる場所がちがえば なにひとつ同じ経験はないんだ。だから紅葉するときはみんなちがう色に変わってしまうのさ。」…… [秋になって]枝にしがみつく葉もあるし あっさりはなれる葉っぱもあります。 [葉っぱのフレディは枝からはなれる運命を聞き]「(それは)死ぬ ていうことでしょ?」 「ぼく 死ぬのがこわいよ」とフレディが言いました。[ダニエルが答える]「まだ経験したことがないことは こわいと思うものだ。世界は変化しつづけているんだ。変化しないものは ひとつもないんだよ。ぼくたちも変化しつづけているんだ。死ぬというのも、変わることの一つなのだよ。」 変化するって自然なことだと聞いて フレディはすこし安心しました。 [ダニエルの葉が散り、次いでフレディの葉も散り、冬の日の雪の上に落ちてゆく] 地面におりたフレディは、たくましい木の全体の姿を見て、これならいつまでも生きつづける木にちがいないと思いました。……フレディは雪の上で目を閉じねむりに入りました。 フレディは知らなかったのですが― 冬が終わると春が来て 雪はとけ水になり 枯葉のフレディは その水に混じり 土に溶け込んで 木を育てる力になるのです。 “いのち”は土や根や木の中の 目には見えないところで 新しい葉っぱを生み出そうと 準備をしています。 大自然の設計図は 寸分の狂いもなく “いのち”を変化させつづけているのです。
レオ・バスカーリア
みらい なな訳(一部改訳)(童話屋) 『道をてらす光』より
私には二人の娘がいます。私にとってかけがえのない子達です。その二人が…この一年の間に、気持ちの余裕を失っていた。或いは失わせていた。 少しは気付きながら、これほどまでとは考えが及ばなかった。いわゆる思春期に入って会話は必要最小限…女の子だから…淋しいけどしかたない…深入りするのを避けていた。
昨夜…私が遅く帰宅したとき…大抵お帰りの挨拶に出て来て直ぐ部屋に戻るのだが、昨夜は私が夕飯を食べ始めても近くに座っている。そのうち、目頭を押さえ…涙を拭き始めた。 ん…正直、内心うろたえた。どうした…
涙声で、娘の苦しい、辛いこの半年を始めて聞いた。それほどだったのか…不明の父を詫びる。
上の娘は昨年春に就職して、数か月で体調不良。発熱を繰り返し、勤務先の好意で時間内通院をしながら勤務したけど八月末で退職。その後、大学病院へ行くが原因わからず。日常の生活はやや疲れと発熱は相変わらずだけれど…見た目普通の生活。そこで…社会復帰、就職と自身の健康への不安。勤めるからには、中途で辞める事は迷惑をかけてしまうからどうしよう…といった不安。周りからの遊んでいてはいけないといった重圧。それらが…自殺をおもい浮かばせる程だったこと… 祖母達がお嫁にいったら…それを真似て妹も言う。…私はこの家で必要無いんだ…居ないほうが良いんだ…死んでしまいたい… そう…何回も思った…
そのような話を初めて聞かされた。それほど苦しんでいたのか。 ごめん…としか言えない。焦らないで…ゆっくり身体を治そう…しか言えない。
メイストーム(五月の嵐)
ならぬ…ウィンターストーム
嵐の過ぎた翌朝の景色は…
春先の様
午前中あれほど暖かで… 急に雲が湧き
夕方には雨・・・
あなたが新しい道を確実に歩き始めた
それとともに
距離が開いていく・・・
・・・喜ぼう
| 2006年12月03日(日) |
いつの間にか冬・・・ |
あれから二回目の冬を迎えようとしている
でも、あなたを取り巻く環境は大きく動いた
あと一頑張りだね
夜空には月が輝いている 星は見えない
雲はない
明朝も冷え込むかな
有山瑞穂
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