|
|||||
|
|
|||||
|
きーぷ
2010013 |
|||||
|
|||||
|
|
|||||
|
父に食道癌の疑いがあることが分かってから今日で3日目。
わたしの人生の中でもっとも大きな事件であり試練の日々。 でもあまり大げさには騒ぎたくないし そういう姿も父に見せたくない、 そう思いながらも朝も昼も夜も父の姿を見ていると 息が詰まって自分こそこの世から 消えてしまいたい衝動に駆られます。 こんなとき一番強くなくてはいけない立場なのに 情けないことこの上ないけど…。 東京にいる妹に、外から電話してみた。 妹は、今は離れて暮らしているので わたしや母よりも客観的だと思う。 とりとめもなく話して、 泣いたらちょっと気が晴れた。 妹の前でだけ泣けるなんて これも情けないけど、妹がいて良かったと思う。 わたしは1人で生きていけるだろうか。 たぶん無理だと思う。 それでも、今を前向きに生きるしかない。 |
|||||
|
|||||
|
|
|||||
|
宮崎駿監督のジブリアニメ「ハウルの動く城」を観ました。
公開初日だけど、うちの近くの映画館はどんな人気映画でも 混むということがないです…いいのか悪いのか…。 見終わった後 話のつじつまをどう合わせたらいいのか 分からない部分があって あんまり良い映画と思えなかったけれど 時間が経つと、だんだんそれは気にならなくなり しばらくすると、じわじわと面白さが込み上げてきました。 なんかもう一回みたいな、と思わせますね。 話はともかくとして、まずキャラクターに魅力があります。 帽子屋の跡取り娘・ソフィーは 店の奥で地味な帽子作りの日々。 腹違いの妹・レティーは お菓子屋の売り子として 華やかな毎日を送っています。 「自分は長女だから店を継がなくちゃいけないし そんなに器量良しじゃないし…」 という思い込みに囚われながら 彼女が裏通りを歩いていると 突然出会ったのが魔法使いハウルでした。 ハウルに手を引かれて 突然宙に浮かび、訳の分からないまま つかの間の空中散歩を楽しむソフィー。 これが、ソフィーの身に起こった事件の始まりであり 彼女自身の恋の始まりだったのですが ほんとうに生き生きと描かれていて 一気に映画に引き込まれました。 しかしこの空中散歩がきっかけで ソフィーは荒れ地の魔女の怒りを買い 90歳の老婆に変えられてしまいます。 若い時って、 若さゆえの恥じらいともいうけど 自意識過剰なあまり、 ここぞというチャンスを逃したり 言うべき事を言えなかったりしますよね。 でもある程度年齢がゆくと 人にどう思われてもかまわない というかずうずうしさが出てきます。 ソフィーはまだ若いのに 自分の未来に見切りをつけてしまって ある意味老婆みたいな人生観を 持っていたのかもしれません。 けれど、魔法で本物の老婆にされると それまでの義務感やコンプレックスから解放され 誰に対しても言いたいことを口にできるようになり その過程でハウルを愛するようになってゆくのです。 ハウルは最初、 貴族的な美青年として登場します。 けれど、老婆ソフィーが彼の家に上がり込んで 実はハウルがびっくりするほど汚い家に住み 魔よけのおまじないに囲まれてないと眠れない弱虫で しかも髪の毛の色を染め損ねただけで 泣き叫んで倒れ込むほど自意識過剰な人物だ ということが明らかにされます。 ハウルの声は木村拓哉さんでしたが これがもう素晴らしかったです。 これまで、キムタクのどんな番組を見ても 「この人はなんでもこなす器用な人だな」 ぐらいにしか思わなかったけど、 この映画を見てその才能を実感しました。 まず、声を聞いただけで キムタクだと分からないのがいい。 格好いいけど情けない、得体が知れないけど 親切で不思議な若者ハウルそのもの。 それでいて全体を通すと、メディアのキムタクの イメージと重なるものにも気付くのです。 それは決してハウルがキクタク色に 塗り替えられたという意味ではなくて 木村拓哉がやったハウルになっていました。 物語についてですが、 わたしはここ最近の宮崎作品 「千と千尋の神隠し」や「もののけ姫」を 見ていないので、これらと比べてどうの ということは言えないのだけど 宮崎作品には「反戦」のメッセージと 「空」のイメージが込められている事が多いのかな。 この映画でもそれは込められていました。 けれど、わたしは「ハウル…」に戦争は 必要だったのかな、と疑問に思います。 この作品で一番大きなテーマはたぶん 年齢や外見、世間体や思い込みに縛られず ありのままの自分を見つけさらけ出すこと ではないかと思うのですが、それに戦争なんて 重いテーマを入れてしまうと、どうしたって 流れがごちゃごちゃしてしまうと思うんです。 しかも、映画のクライマックスで 主要人物たちの魔法が解けて 彼らがハッピーエンドになると 戦争は理由もなく唐突に終わってしまうのです。 もともと意味のないばかげた戦争だったし 行方不明の隣国の王子が見つかったから 終わらせるのに好都合ということらしいですが それにしても取って付けたような感じは否めません。 この映画を見た後原作を読みましたが 戦争の部分は映画のみの設定でした。 映画では、戦争の様子を見に出かけていたハウルは 原作では、単に女の子を口説きに出かけているのです。 悪魔と契約を結んだハウルの行動にしたって 原作のハウルが、優しさからつい流れ星を助けてしまい いまは契約から逃れたいと思っているのに比べ 戦争と絡ませて、獣鳥化したハウルを描いている 映画の方はもっと危険で恐しげです。 「戦争」があるがないかでは ほんとうに大きな隔たりがあり ハウルの人物像は勿論、物語の雰囲気や 意図までも変えられてしまっていると思います。 宮崎監督が手がけて時点で それはジブリ作品になるわけだから 別の作品として見たらいいのだと思いますが わたしとしては原作の流れの方が好みかな。 |
|||||
|
|||||
|
|
|||||
|
あ〜やっとここに日記を書くよゆうができた。
こないだ日記を書いたときは 心に余裕がまったくなくて 守銭奴の鬼みたいになってしまってたけど(^^;) まあいまはちよっと落ち着いてる。 忙しいけど、この忙しさはそんなに嫌じゃないかも。 ずっと緊張感はあるけど、それは残しておかなくてはならないと思う。 わたしはちゃんとやってるだろうか これでいいんだろうか、間違いはないだろうか としょっちゅう自分に問いかけてる。 「どうだろう、だめかも」 「こんなもんじゃない?」 ともう1人の自分が答える。 |
|||||
|
|||||
|
|
|||||
|
「金がないのは首がないのと同じ」
この格言?は、わたしの母方の祖母がよく 言っていた言葉らしい。 怖い…こわい。 10月からの職場の給与が いくらかかるかの概算を聞いた。 びっくりする額だった。 それにプラスして、 新入事務員の給与と家賃の支払 電気代、雑費、立替金、 事務費、旅費、etc.etc. 無論わたしは 職場に勤めている立場であって 支払う側ではないのだから いちいち心配しても仕方ないのだけど ほんとうにやっていけるのだろうか…。 そうでなくても 某保険会社はこちらの規定基準の 50パーセントしか費用を出さないし 役所は融通が利かなくて報酬払まで実費立替。 そんな中で毎日これから通帳の残高が減ってゆくのを 見ることになるんだと思うと心臓に悪い。 手が足りなくて、依頼を断って 先生方は毎日深夜まで仕事して それでもまだまだ忙しいのに これからは支出だけ更に増えるのだろうか。 こんな風ではきっといつか誰かが体をこわんじゃないか。 そんな風に考えると、とても穏やかな気分ではいられない。 そしてつい、出してはいけない感情が頭をもたげるのだ。 明確な予算も立てずにここまで来てしまったなんて考えが甘い。 父は人が良いのか義理人情なのかなんだかしらないけど いつもこんな感じだ……… …あ〜…先生方は誰もお金には固執してないのに ……わたしってほんとうに嫌な人間。 でもお金がないと不安なのよ。 もしも来月お給料出せません、請求支払えません ってことになったら、どんなに口惜しい、 哀しい気分だろうと、みんな機嫌が悪くなって 物事がますます悪い方向に転がりそうな そんなことを想像するだに―――――。 こんな時こそ、わたしは気持ちにゆとりをもって 落ち着いて振る舞わなくちゃいけないのに この嫌な感情は、顔や態度に出ずにはいられないだろう と思うと、ほんとうに自分が嫌になります。 こういうところがわたしはわがままで大人げない。 というか、ハプニングに弱い。 ゆるま湯育ちだから 危機に対応できないんだと言われました。 確かに。せめて自分はこういう人間なんだ ということは分かっていよう。 |
|||||
|
|||||
|
|
|||||
|
見てから
「なんだか、途中で眠くなって…」 と話したら 「ドキュメンタリーって 見慣れてないもんね」 と言われた。 ほんとうに、そう。 映画だと、映像の美しさとか音楽とか 別世界に浸れる雰囲気だとかを 期待してしまうけど ドキュメンタリーには そういうのが一切ない。 とはいっても実際の映像を そのまま追ったわけではなく かなり演出も加わっており その点は映画っぽく見えました。 打倒ブッシュという方向に 偏りすぎだという意見もあるけど 「これこそがそうだ」 と支持する人がたくさんいたのは 今の時代に必要とされてるから なんじゃないかな。 これを見てなにを思うかは 見る人の自由だと思う。 勿論恣意的に作られたということを 理解した上でのことだけど。 台詞字幕が右横に出るのが読みにくく 右横と下の両方に文字が出るので 見づらかったというのもあります。 個人的にこういうのは 映画館じゃなくてテレビで見たいです。 後半に進むに連れて だんだん慣れてきて 流れを追うことが出来ました。 思ったより衝撃的じゃなかったです。 ユーモアがあったし。 戦争って攻める側も攻められる側も 罪もない下層の国民がだまされて 犠牲になるんだなと改めて思いました。 自由に見えて自由じゃなかったアメリカって なんだか「マトリックス」みたい。 |
|||||
|
|||||
|
|
|||||
|
三連休だけど留守番で家にいることになった。
ずっと家事をしてないと ほんとうに何も出来ない人に なっちゃってない? とふと不安に思って 1日を家事に費やしてみた。 掃除、ゴミ焼き、家の片付け 洗濯、そして料理。 料理がくせ者だった。 料理のコツはセンスと慣れ …なんだろうけど、どっちにしても 久々にやるとなると絶対うまくいかない。 焦ってちよっと失敗してしまった。 一応メニューは 白菜と豚バラの蒸し煮 トマトのヨーグルトソースがけ ほうれん草のおひたし 大根の味噌汁 失敗はしたけど 自分の食べたいものを 好きなように作れるのは楽しかった。 食べてくれる父もいたし。 ひさびさに作ってみて感じたのは センスと慣れも大事だけど 料理で一番大事なのは 自分が楽しんで作ること 好きなものを好きなように作れて 食べてくれる人がいるとなお楽しい ということかな。 それでこの日は わたしの誕生日でもあったので ケーキも食べた。 父は出かけたので、 小さなケースを1人で食べたけど ここ数年まれに見る楽しい誕生日だった。 1人の方がいろいろ気が紛れずに 楽しく誕生日を過ごせるってことも分かったよ。 日一日と年は取ってるわけで この日はわたしが生まれた記念の日。 |
|||||
|
|||||
|
|
|||||
|
これから人に読まれることを
あまり意識せずに書く日記はここに書こうと思う。 仕事を二日間お休みしたのと 新しい方が入所されたのとで この一週間残業で、日記を書く気力がなかった。 来週はもう少し余裕が出るかもしれないけど 新しい事務員が増えたらきっとまたバタバタするんだろうな。 なんかこううまく立ち回れない自分がもどかしい…。 週末はなにも予定はなかったんだけど 久々に泳ぎに行ってぐったり…。 もう少し寒くなったら筋力トレーニングできる コースに切り替えたい…。 Tシャツはかろうじて2枚持ってるけど 運動靴とトレーニングパンツを買わないといけないな。 運動中に聞けるiPodなんてあったら最高…なんだけどなぁ(^^;)。 来週末はわたしの誕生日だ。 年齢は1年ごとにとっていく、それはそれでいい。 老けるのは1日1秒の積みかさねによる。 気持ちの持ち方とか肌や体力の状態とか 1日1秒の積み重ねで変わっていくのだ。 最近富みに気を遣うようになったよ。 ほんと、この年になるとね。 そうしなきゃいけないと思う。切実だもん。 |
|||||
|
|||||
|
|
|||||
|
マイケル・ダグラス主演の
「ワンダー・ボーイズ」がテレビでやっていたので見ました。 無論トビー・マグワイアを見る目的で。 やっと「スパイダーマン」以外のトビーを見られました。 やはりトビーは本来こういう世界の住人だったんですね。 「スパイダー…」の方が異色だったんだな、と思いました。 正体不明で飄々とした人物がハマり過ぎるほどハマってます。 「ワンダー…」は、スランプに陥った 作家兼大学教授(マイケル・ダグラス)が体験した 厄介で奇妙な週末を描いた映画です。 あまり前知識もなく見たわたしは最初 「麻薬とか不倫とか同性愛などをテーマにした ちょっとダークな映画なのかな」 と思ったらまったく違う展開になり 「あ、そうか。ミステリーかな?」 と思ったらそれも違い、その次には 「…コメディ?」と思い、結局見終わった今 なんだかうまく分類しにくいけど 見た目よりかなり普通…というか なんというか…マイルドなお話だと思いました。 仕事帰りの週末、小さな映画館で1人で見たい映画です。 ある週末、妻に逃げられ、 暗い気分で週末を迎えた トリップ教授(マイケル・ダクラス)は その晩密かな不倫相手である 女学長・サラの屋敷のパーティーに招かれます。 そこには彼の教え子・ジェームズ (トビー・マグワイア)もやってきていました。 ジェームズは自閉気味な変人で その晩も不安定な様子で学長の庭を徘徊していました。 それを見とがめた教授は、 彼を放っておくことが出来ず 引き留めて、学長の夫君がコレクションしている ジョー・ディマジオとマリリン・モンローの 遺品コレクションを内緒で見せてやります。 ジェームズが、映画をこよなく愛していたからでした。 遺品コレクションは、 学長の屋敷の寝室の金庫にあり 中を見られるのは学長の愛人であるから こそ出来る秘密の特権でした。 しかし、タイミングの悪いことに 学長の夫君の番犬・ポーが現れ 犬はうなり声を上げると教授の足に噛みついたのでした。 そこまでは、危うかったけれど たいして大事ではありませんでした。 しかし、噛みついた犬をジェームズが ピルトルで撃ち殺してしまったことから このとんでもない厄介ごとが始まるのです。 「なんてことだ、彼はおもちゃのピストル を持ってるだけだと言っていたのに…!」 教授は死んだ犬を車のトランクに隠し ジェームズを連れて、素知らぬ顔で そのまま大学の講演会に行き飲み会に出席します。 夜も更け、飲んだくれて正体をなくしたジェームズのために 教授が彼の忘れ物のリュックを取りに戻ると なんとリュックの中には、学長の夫君の金庫にあった マリリン・モンローの遺品が入っているではありませんか。 その晩、教授は仕方なく 死んだ犬と、マリリンの遺品と 意識のないジェームズとを家に連れ帰りました。 翌朝目覚めたジェームズは、ほとんど裸でソファにいました。 しかも、教授付の編集者で、ゲイのクラブツリーが 「おはよう、ジミー」と意味ありげに呼びかけます。 頼りの教授はといえば、マリファナの発作で意識不明。 ジェームズは、教授を揺り起こし 「僕…ぼく…昨晩なにか、いけないことをしましたか?」 と尋ねます。 「―――――ああ、したよ。君は学長の犬を射殺し 学長の夫君のマリリンモンローコレクションを盗んだんだ」 と教授。 それについてジェームズは特に反省の色を見せませんでした。 教授は、ジェームズといる時間が 長ければ長いほど問題は増えるばかりで 彼と話せば話すほど、彼の言っていることが 嘘ばかりであることに気づき始めていました。 やがて学長の屋敷で起きた盗難事件を巡り 教授の家に警察がやってきますが 教授はなぜかどうもジェームズを見放すことができず といって教授自身の厄介ごとの始末をつける必要にも駆られ 再びジェームズ(と死んだ犬とマリリンの遺品)を乗せて 逃げた妻と愛人サラの家へ車を走らせるのでした。 果たしてお屋敷の盗難事件は、教授の不倫はどんな結末を迎えるのか。 ジェームズは一体何者なのか、彼の未来はどうなるのか――――― というおはなしです。 ちなみに「ワンダーボーイ」とは「神童」という意味だそうです。 マイケル・ダグラスが、あの濃ゆい個性を全く見せずに くたびれた初老の男を上手に演じているのが新鮮でした。 トビーにはなんともいえない可笑味があり 終始静かで控えめな演技なのに確固たる存在感があります。 自殺願望のある陰気で繊細な部分と 平気で嘘を付き飄々としている確信犯的な部分 ピュア…そしてダーク。ミステリアスでしたたか。 この二面性ってトビーの持ち味の中で 最も魅力的な部分ではないかと思います。 面白かったです。もっとこういう役が見たい〜〜。 できたら次は「サイダーハウス・ルール」を見ることにしよう。 |
|||||
|
|||||
|
|
|||||
|
というわけで、ただいまものすごい勢いで
知識を仕入れているところです(笑)。 主演のトビー・マグワイアと キルスティン・ダンストは 「1」の撮影がきっかけで 実際にもつきあっていたんですね。 「1」のプロモーションで 来日した時もとても仲が良かったそうです。 「1」の見所の1つである 逆さになったスパイディとMJの 雨の中のラブシーンは 見事MTVミュージックアワードの ベストキスシーン賞に輝きましたが 実際にその賞を受賞した時、 2人はすでに破局しており 金のポップコーンを掲げたキルスティンは 「でもわたしのベストキスはジェイクよ!」と 茶目っ気たっぷりにコメントしていました。 ジェイクとは、キルスティンの今の彼 俳優のジェイク・ギレンホールで 「デイ・アフタ・トゥモロー」に出ているそうです。 トビー・マグワイアの方も、今は ユニバーサル・スタジオの社長の娘さんで ラルフ・ローレンの広報の仕事を している女性と交際しており 「2」のフロモーションでは一緒に来日してました。 ちなみに「2」のインタビューで キルスティン・ダンストは ピーターのような人がもし現実にいても 自分としては大嫌いだと言わざるを得ない ナヨっちいから、などと答えてましたが 「1」のプロモーション時 「あなた自身はピーターと スパイダーマンのどちらが魅力的だと思いますか?」 という質問に対し 「ピーター・パーカーよ! 彼ってすごくカワイイわ」 と答えていました……うーむ。 とはいえ、撮影の雰囲気は常にとても良かったみたいで 2人とも、次作「3」に出るデメリットはなにもない 一生スパイダーマン役者って言われても構わない なんていう嬉しい発言をしていました。 ちなみに「1」は撮影中に 盗難や深刻な事故が発生し 9.11の影響で撮り直しが行われるなど 決してスムーズな撮影とは言えず 「2」についても、出演料高騰と体調不良による トビー降板の噂が流れたり、彼のスケジュールに 合わせるため撮影時期がズレ込んだりと やっぱりそんなにスムーズじゃありませんでしたが 出演者が監督をものすごく信頼して 結束してるのが伝わりますし だからこそ大ヒットを生み出したんだろうなと思います。 監督のサム・ライミは ピーター役はトビー・マグワイアしかいないと 確信していたのだそうですが 彼のヒーローらしからぬ持ち味や風貌に 上層部は当初かなり難色を示していたそうです。 けれどそもそもピーター役は ヒーローらしからぬのが正解なのでした。 背が低く、内気で、繊細で、 どこにでもいそうだけど ちょっとミステリアスで影があり 想像力をかき立てる そんなピーターのイメージを そっくりそのまま持ち合わせ 魅力的に表現できるトビーこそ うってつけのピーター役者だったわけなのでした。 トビーは、それまで無論 アクションものになど出た事がなく 物静かでまわりにとけ込めない 繊細な青年役なんかが得意とされていました。 また彼は掴み所のない人物で それは彼のちょっとサバイバルな 生い立ちにも関係しているようです。 トビーは、離婚した両親や親戚の間を 幼い頃から転々とし 出会いと別れを繰り返していました。 新しい環境に馴染む努力を 常にし続けなくてはならないことに疲れ切って 彼はある日学校に行くのをやめてしまいます。 彼の母親は、彼をとても愛していて いつも素敵な贈り物をくれましたが 家庭は困窮して信じられないぐらい貧乏でした。 母親は、自分がなりたかった女優への夢を息子に託し 彼は演技の道を進み始めます。 彼は、学校をさぼる代わりに 演技に没頭していったのでした。 オーディションで顔を合わせるうちにトビーは 1つ年上のレオナルド・ディカプリオと親友になり 映画「ボーイズ・ライフ」のオーディションを一緒に受けますが この作品で見事大役を射止めたレオは ハリウッドで注目の的になります。 一方でトビーは、父親が困窮きわまって 銀行強盗を働くというつらい事件に見舞われるのでした。 彼は茫然自失し、深く傷ついたのですが それを誰に言うこともなく ただこのことをきっかけに 自分はどんなにしても成功し 絶対に貧乏にはならないと決心したそうです。 そして十代の終わりにかけての頃 彼は以前よりいい役を 手に入れられるようになったものの ハリウッドの華やかな世界に 気もそぞろになってしまったり せっかく掴んだチャンスをモノに出来ず 大勢の他人に囲まれる撮影現場の 雰囲気に馴染めなかったりし しだいに迷走してゆきます。 彼は自分の中のシャイで 偏屈で皮肉な部分をもてあまし ノイローゼ気味になってしまったことから とうとう休業宣言をします。 しかし、その間彼の周りにいた良い友人達が 彼を助け、やがて次第にバランスを見いだし 自分らしさを取り戻していったのでした。 やがて自然にいい仕事が舞い込むようになり 彼は徐々にハリウッドで名前が知られてゆきます。 今や大スターになったレオナルド・ディカプリオとも 「どちらが売れても恨まずに友達でいよう」 と語り合った子役時代からずっと その友情が揺らぐことはなかったといいます。 トビーがとうとう「スパイダーマン」役で 大ブレイクを収め、成功を掴んだ時 レオは心から喜んで 「僕が通ってきた過程を彼はよく知ってるし 僕が彼の代わりに間違いを犯してきたんだから 彼はきっとこれからどうすればいいか心得てるよ」 というようなことをコメントしたそうです。 文字通り彼はとてもいい精神状態を保ちつつ スターとして成長しているように感じます。 「スパイダーマン」の1と2のみを見ても トビーの顔つきがとても自信に満ちた きりっとしたものに変わっているのが分かります。 引っ越しに明け暮れる生活への疲れと逃避 貧窮に対する引け目、辛い事件からくるトラウマ ハリウッドで勝ち抜いてやるという決意 そして大切な人々の支え… トビーの辿ってきた人生の紆余曲折を辿ると ピーター役は出会うべくして出会った 運命の役だとしか思えなくなってきます。 |
|||||