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いぬぶし秀一の激辛活動日誌
by いぬぶし秀一
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■さあ戦い開始!中山恭子参議院議員夏の陣
本日、参議院選挙が公示された。わが陣営の中山恭子候補も無事立候補手続きを終え、街宣にすすむはずだった、がいささか様子が違った。第一声は昨日告知したように、当初、中山恭子候補単独で有楽町イトシア前で行う予定だったのだが、党本部の第一声と一緒にやることになり大がかりになった。
10時半開始、10時45分から石原代表の演説と続く。石原代表の演説はだいたい予定時間をオーバーすることが常だが、今日もごたぶんにもれず、予定時間をオーバー。壇上の候補者たちは次の予定があって、ドキドキだろう。
そこで、党の担当者に「そろそろ止めたらどうか?」と促すと「そんなこと出来るのはいぬぶしさんしかいない」と、妙なほめられ方をした。予定時間を超えたら総理大臣だろうが止めるのが私の生き方だ。では、×印を出そうじゃないか、と宣伝カーの下に進もうとすると「みんな一緒に維新を!」という終わりのフレーズが出てきてホッとした。
ただ、民主的な党運営を行おうとするのだとしたら、両代表の発言を神格化するような風潮は避けなければならない。また、例え、両代表であってもおかしいことはおかしい、と言える組織、時間をオーバーしたら誰であれ止めることが出来る組織こそ、「維新」の名に相応しい政党である。
中山恭子議員の演説が終わり、ガンバローコールの時間になった。当初の予定では、この担当は「中山恭子後援会」が行うことなっっており、実は私の役目だった。ところが、現場に恭子議員の夫君である中山成彬代議士の姿が見えた。これは私では役不足と、急遽お願いし交代した。
ガンバローコールは、ちょっとの挨拶の後すぐさま実施するのが恒例だが、成彬先生、いささか長い。そこで、おせっかい犬伏の出番である。宣伝カーの下から時計を指し、手をあわせ「すみません」の仕草をした。ほっ!ガンバローに移っていただいた。
この第一声、思わぬハプニングがあった。それは、中山恭子陣営の宣伝カーが間に合わなかったのだ。宣伝カーは選挙管理委員会または中央選挙会から、選挙7つ道具の交付を受け、所轄警察署に出向いて初めて出発ができるのだが、これが間に合わなかった。
12ある政党のうち届出順番の抽選で、わが日本維新の会の届出順位は、なんと11位。最後から2番目にならないと7つ道具が頂けないのだ。誰だ!こんな番号を引いたのは!結局所轄警察署を終わったのは、第一声の演説会が終了した後だった。
それでも、有楽町で宣伝カーと合流し、次なる第一声の地、前橋へ向かった。北海道生まれの中山恭子候補は、父の没後、群馬県の親戚宅で暮らし前橋女子高校に進んだ。したがって、前橋は第二の故郷でもある。
(関越道サービスエリアで。我ながら良い出来だ)
空き店舗を間借りした、個人演説会会場には、前橋女子高校の同窓生らが集まって、中山恭子候補の決意を熱心に聴かれていた。その後、ちょうど開催されていた七夕祭りを練り歩いたが、さすが地元である。えらく反応がよかった。
(支援者と共にビラに証紙をはる中山候補)
(東京では見ない豪華な為書)
20時で運動をおわり、運転手とウグイスを宿に帰えし、東京からの応援部隊を私の車で高崎駅まで送った。(往復40分)運転手には「待っててもいいし、腹がへったら先に食べてて」と、夕食について指示しておいた。
すると、すぐさま電話があり「ウグイスがお腹がへった、といっているので先に食べます」、はいはい、どうぞ。東京陣を駅に送り、ホテル近くまできたが、場所がわからない。運転手に電話するが出ない。そこでウグイスに電話をすると、一緒に夕食中だという。
電話をかわってもらい、ホテルの場所を確認しチェックイン。が、だ。おかしくないか?「いま、みんなで食事してますから、ご一緒にどうですか」これが、気の利く男の言葉だ。
一人さびしく、雨の前橋を夕食場所を探し俳諧。呑み屋しかないじゃないか!せめてラーメン屋はないのか!コンビニも見当たらない!
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07月04日(木)
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