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いぬぶし秀一の激辛活動日誌
by いぬぶし秀一
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■いぬぶしの学歴公開
 いつの頃からだろうか、私は東大出身者が嫌いになった。その原因は

@仕事も出来ないくせに「東大」を自慢気にしている
A「東大」というだけで周囲も一目おく
B自分が行けなかったから

 の三点に集約される。まあ、Bについては、努力すれば行けたレベルと、到底及ばないレベルがあるが、私は後者である。念のため。

 あえて「とうだい」と言わず「あずまだいがく」などと言っては、自己のコンプレックス(多分‥)を癒しているのだ。

 以前経営していた旅行会社の取引先の某大手旅行会社でも「東大」はスペシヤルだった。あるセクションで、かなり多額の金銭事故(横領)が発覚した。ところが、そこの拠点長は「東大」。彼にキズをつける訳にはいかない、と考えた人事上層部は、な、なんと、こともあろうか現金を大量に扱うある部署に転勤させ、そこで「発覚」。懲戒免職とした。

 さて、では私の学歴は‥??インターネットの2チャンネル等に、公務員の皆さんが「中卒で自衛隊に入った」と、よく書いて下さる。これは、まんざらウソではない。両親が3歳で離婚。父と10歳まで生活。父病死。母の再婚先に養子。この家に馴染めず、中学卒業と同時に「自衛隊」に入った。と、まあ、こんな具合である。

 ただ「自衛隊」というニュアンスとは、いささか違う「自衛隊」に入った。倍率30倍。昭和47年、東京都から私の「母校」である航空自衛隊生徒に入学したのは、私を含めて3名の狭き門だった。

 では、中卒か?違う。自衛隊生徒制度は「文部省(当時)所管外の学校」(防衛大学校なども同様)であるため、高等学校の卒業資格を出せない。そこで、防衛庁は近隣の県立高校と提携してその学校の卒業とすることとした。陸上自衛隊生徒は神奈川県立湘南高校、海上は広島県立西高校(国泰寺高校だった頃もある)、航空は、期によって、埼玉県立浦和高校、県立浦和通信制高校、さらには科学技術学園高校へと変わったが、いずれにしても、自衛隊生徒卒業=高校卒業である。一応、生徒募集の言い訳として「偏差値相当の高校も出れます(65〜70)」と広報官が言ってまわっていたが、実態は難関公立高校の通信制の制度を利用していたにすぎない。

 その後、米国のSAN JOSE CITY COLLEGEに通ったが、諸般の事情で帰国。一時期、慶應大学通信教育部法学部に在籍したが、恐しく難しいレポートに負けて退学。21歳からは、上智大学の生涯学習制度である、SOPHIA COMMUNITY COLLEGEで、会計学と経営学の講義を受けた。この時の会計学の教授は、明治大学の後藤弘先生で、わかりやすい講義のおかげで、いまだに会社、個人とも税理士の必要がない。

 さて、その後も機会あるごとに学びの場を求めていたが、現在は放送大学教養学部の全科履修生と、同大学院文化科学研究科修士選科生である。
以上のように、どこぞで、辞職した国会議員なみの、如何わしい学歴であるが、いつわざる私自身である。

 ちなみに、昨日返却された、放送大学のレポートはずべて「合格」だったぞ!

学部: 発達障害教育論、生命と人生の倫理、疾病の成立と回復促進、
    行政法と市民、国際関係法

大学院 地方自治政策T


07月13日(木)
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