ID:98044
いぬぶし秀一の激辛活動日誌
by いぬぶし秀一
[1481752hit]

■大田区予算、渋々賛成討論
 私は、以前、偶然にも北朝鮮籍の方と懇談をする機会がありました。ところが、会話中に私の携帯の着信音が鳴ったのです。あわてました。なぜなら、私の長女が着信音に国歌「君が代」をいれていたからです。さらには、待ち受け画面は日の丸でした。いくら私でも、相手の立場にたったのです。ところが、驚くべきことに彼はこう言いました。「すばらしい!私は多くの日本人と交流があるが、君が代を着メロにしている人は初めてだ。自国を愛することは大切だ。」と。このような自国に誇りを持つという国際常識を忘れた国際化等あり得ません。
 我が国を非難する講師を区民大学の講師に迎えたり、教育基本法を改悪だと言って憚らない大学教授を教育委員会が税金で招聘する等、正気の沙汰とは思えません。
 また、人道的といいながら、児童生徒の保護者に渡っている確認もせずに、朝鮮総連の活動拠点の朝鮮学校に大田区が900万円にも上る補助金を税金で交付していることは断じて許すことはできません。そのことが、まさか、松原区長が区議時代に訪朝し、金日成にパソコンを贈った頃から継続している感覚だとすれば、いますぐに改めていただかなければなりません。補助金を出すなら、我が国の主権を侵して拉致した、横田めぐみさんをはじめとする日本人を、即刻帰国させろ、と訴え、その実現までは交付を見送るべきが、真の国際都市大田区役所であり、大田区長の責務であります。ただ、相手に諂うことは、決して相手の尊敬を得ることはできません。
 次に、議会改革について申し上げます。
私は、大学院において「地方議会は機能していない」との仮説から修士論文を書き始めました。しかしながら、体験的に「機能していない」ことは実感していても、「普遍的に実証する」という社会科学の要請に応えることができず、この仮説はとん挫してしまいました。
 では、機能している議会とは何か、なぜ、大田区議会には「与党」などという二元代表制では想定していない言葉が、いまだ活きているのか、と発想をかえ、議員になりたてのころ「無駄遣いの象徴」であると思っていた、「大田区議会史」を紐解いてみました。すると、昭和22年から26年にかけての大田区議会は、なんと輝いていたのでしょうか。びっくりいたしました。今を考えるとき、歴史を顧みる事の大切さを痛感いたしました。昭和22年からは区内18特別出張所において、「区民の声を聴く会」を議会が主催して開催しているのです。昭和26年の記録によれば、参加区民は600名を超え、質問件数は180件にものぼったそうです。このような取り組みは、昨今の議会改革先進自治体ですすめられているもので、大田区議会が創成期の昭和22年に行っていたことは驚きでした。
 今次の長い予算委員会、本会議での質問原稿と答弁原稿のやり取りを、新人議員の皆さんは、どのように感じられたでしょうか。あの阿久根市の元市長竹原さんはブログのなかで「市民の皆さんは議会で議論をしていると思っている。議会には議論はない。議員が3回質問するだけだ。」と、地方議会を酷評していました。はたして、大田区議会はこの予算委員会において議論をしたでしょうか。大朗読大会になっていなかったでしょうか。
 常任委員会、特別委員会でも同様です。理事者のミスや間違いを指摘するだけの、大質問委員会になっていないでしょうか。
議会、とくに住民と最も近い基礎的自治体の議会は、多様な住民の意見を集約し、合議すべき場所であります。その議会が、議論をしないで、質問だけで終わり、予算委員会では「○○を要望します」、「我が会派が要望した○○が予算化された」などの言葉が多様される、陳情受付型でいいのでありましょうか。
 議会は首長の「諮問機関」ではありません。そして「お役人の住民に対する言い訳機関」でもありません。意思決定機関であることを、あらためてこの場で確認して、私の渋々の賛成討論といたします。

03月27日(火)
[1]過去を読む
[2]未来を読む
[3]目次へ

[4]エンピツに戻る