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■五十嵐隆「生還」@nhkホール
てきとーにプラつきつつカフェでまったりしてnhkホールへと。

入ってしばらくオセロなどしつつ待つ。おもむろにサウンドチェックの音がエレキで、あれ、エレキなんだ、と。考えてみたらどんなことやるのかなとか全然想像してなくて、全曲新曲弾き語りくらいのイメージでいたから、エレキなんだな、と。

会場の電気が消えて、幕が開かないまま曲が始まる。reborn。スリーピース。ドラムは見るからに中畑で、ベースは多分キタダマキかな、と。遠くて多分、としかわからないけど。
ずっと幕が開かないまま一曲目が終わり、少しだけ幕が開くと、光が強く漏れてくる。そこからsonic disorder。
不思議とsyrup16gの復活なのかな、とか、そういう感覚は起こらず、ただただその曲達がまた目の前で歌われてるということに意識が向いていた。
神のカルマ、I.N.M、生活とsyrup16gのメイン曲が続く。
これは過去をなぞるだけのライブなのだろうか。ある種の感動と共に、なんともいい難い気持ちが襲ってくることもたしかで、そこから犬が吠える、の赤いカラスへ。ああ、これは五十嵐隆オールタイム・ベスト、なのだろうか、と思いつつ、聞き覚えの無い曲たちが演奏されはじめる。

それらはとても名曲とは言い難いような拙い曲達で。syrup16終盤、ラストアルバムあたりから感じていた五十嵐隆のメロディメイカーとしての終焉を再び感じさせるものではあったのだけど、それと同時にふと湧き上がったのは、敢えて昔のスタイルやメロディを踏襲しないやり方を探しているのかもしれないな、ということ。
五十嵐隆という男の潔癖なところが出過ぎているのではないだろうか、ということだった。

あまりにも短い時間に沢山の曲達を産み、多様なジャンルやメロディを吐き出し続けて「リアル」に到達した五十嵐隆というメロディメイカーが、作曲という毒を吐き出し尽くしたにも関わらずまだ生まれてくる何かを、どうにか新しいカタチにしようともがき続けていたのがMouse To Mouse後の五十嵐隆であり、syrup16gであり、犬が吠えるだったのではないか、という気付きだった。

もともと、中畑DrもキタダマキBaも楽曲制作に関するクリエイティブとしてはプレイヤーとして以上の立ち位置は得ていないだろうことは想像に難くなく、“五十嵐隆以外のクリエイティブ”を欲して一時期のdowny青木のサポートなどから変化を求めていたけれど、やはり外から与えられる刺激で新しいものを生み出せるような人間ではない五十嵐隆という人間こそがsyrup16gをsyrup16gたらしめていた所以だったわけで、そのことに気付きつつももがいていたように見えたあの頃のsyrup16gは、果たして新曲をリリースすること無く解散を発表、それ自体を動力源にアルバム「syrup16g」でその活動に幕を引いた。

正直、個人的に五十嵐隆は燃え尽きたんだろうな、と思っていたから、その幕引きには納得していたし、バンド名を冠したラストアルバムが一番「らしさ」の無いアルバムだった事実からもそれは伺えた。それこそが五十嵐の中にあった諦めとともに、こちら側にもその諦めを共有出来るラストピースのようなものだったわけで。

だからこそ、犬が吠えるの活動は驚きでもあり、すぐの終焉も、その後の沈黙も納得できるものだった。


正直、五十嵐隆という人は、溢れ出るものがなくなる、という事はない人だろうなというのは容易に想像出来るわけで。そんな中で沈黙し続ける事は辛いだろうなとも思う。
声と言葉のセンスというギフトは錆びつくことは無い才能であることは間違いないだけに、尚更「それ」は強いだろうなと感じる。

しかし、本人も自覚している通りに作曲に関しては新たな方法論は未だ持ち込めておらず、かつての焼き直しのような曲は作ることを拒否しているだろう現状では、完全に開き直るか、思い出ライブでお茶を濁して活動を続けるかの二者択一になってしまうのは仕方ない。


今回のライブが開催されると知った時に、一番気になったのはその点だった。


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05月08日(水)
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