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窓のそと(Diary by 久野那美)
by 久野那美
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■セキレイさんのこと。
セキレイさんは、正確にはハクセキレイといって、白と黒のモノトーンな鳥だ。カモメより少し小型のシャープな感じの鳥。昔は山奥の川辺などにいたらしいのだけれど、この数十年で都会にも進出してきたらしい。デザインはすずめや鳩よりスタイリッシュで都会的な感じがする。
おととしの冬、ベランダの上空を「ぴょい〜」と鳴きながらいったりきたりするセキレイさんの姿をみつけた。なかなかベランダに降りてこなかった。遠くから、慎重に様子をうかがっていた。
ひとりであったり、ときにはふたりであったり。さんにんになることはなかったので、どうやらカップルできているらしいと分かった。
彼らは1カ月ほどかけて、少しずつ、少しずつ、近づいてきて、年が明けるころ、ようやくすずめたちに交じってベランダに来るようになった。とても臆病で、遠慮がちで、繊細な鳥のようだった。長い脚で、びくびくしながらぎこちなく歩く。長いしっぽをせわしなく上下に動かし落ち着きがない。ときどき何かにひゃっと驚いて飛び上がる。そして、そのまま一目散に空の向こうへ退場する。振り返ることもなく。毎日、その繰り返し。
けれども滞在時間は少しずつ、長くなっていった。
すずめたちは微妙に気にしながら無視している。警戒したり、脅したりはしない。派手に退場しても行ってしまっても目で追うこともない。でも、セキレイさんがやってくるとフォーメーションが変わる、セキレイ1羽をすずめが遠巻きに取り囲み、時代劇のサムライのような配置になるのだ。いつもは首を傾けてしっかり見ているすずめたちが、セキレイさんにとは目を合わせない。あっちをのぞいてびくっとし、こっちをのぞいてびくっとし、ぎくしゃくぎくしゃく歩き回る。そして突然前触れもなく飛び上がり、大声で鳴いて「ぴょい〜」っと去っていく。
「うちの子」感覚で見れるすずめたちと違い、ハクセキレイはなんとも距離感が微妙で、「セキちゃん」とか、「セキ吉」とかいうことができず、「セキレイさん」と呼んでしまう。
小学校の同じクラスにそんな友達がいたような気がする。
1か月ほどかけて、セキレイさんはすずめたちに交じってベランダであそぶようになった。1か月前はあんなに警戒していたのに、気がつくとすっかりなじんでいた。ときにはすずめの集団の先頭に立って、パンくずを探すようになった。
ちょんちょんちょんと歩いたり、ときどき羽ばたいたりするすずめと違い、セキレイさんは、ベランダにいる間はけっして羽ばたかない。両足をものすごい速さで動かしてつつつつつっーっと平行に床面を移動する。走ってるのだけれど、上下に決してぶれることなく、
すべるように位置を替える。羽ばたくときは帰るときだ。「ぴょい〜っ」という声とともに、高くまで飛び上がり、そのまま空へ帰っていく。振り返ることもない。
セキレイさんのことはずいぶん長い間、あまり好意的に見られなかった。
すずめたちのようにかわいらしいしぐさもしないし、始終落ち着きがないし、動きにもストーリー性がないというか、感情が読みとれないというか、なんというか、とにかく意味がわからない。
毎日見ていてもなんだか距離が縮まらない気がして、疲れる。
パステル画の中に一か所だけ水墨画のパートがあり、しかもそれは落ち着きなく動くのだ。
すずめたちのパンくずを取るな!と腹が立ったりもした。
彼らが来るとベランダの雰囲気にまとまりがなくなる。
人間だけでなく鳥の目から見ても彼らの動きは読めないようで、すずめたちもしばしばびっくりしてペースを乱すのだ。
なんて空気の読めない鳥なんだと憤ったりもした。
でも、セキレイさんは毎日必ずやってきた。一人で来ることもあったし、ペアで来ることもあった。ペアで来ても、けっして仲良く並んで歩いたりはしなかった。こんなひとは知りませんよといわんばかりによそよそしく、でもかなり頻繁に一緒にいたり、すれ違ったり。社内恋愛ですか?という感じの微妙な距離感でやってくる。それぞれに別のすずめたちの群れを率いてみたり、ぶつかってみたりしていた。セキレイサンのことはほんとうにわからないと思った。
セキレイさんは毎日きた。
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05月11日(水)
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