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脚本家・今井雅子の日記
by いまいまさこ
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■ ドキュメンタリー映画「子供たちの涙〜日本人の父を探し求めて」
ひさしぶりにコピーを書きました。
ドキュメンタリー映画の紹介コピーです。
作品名は「子供たちの涙〜日本人の父を探し求めて」。

監督の砂田有紀さんに出会ったのは、わたしがまだ20代だった頃。得意先FOX JAPANの宣伝担当と、広告代理店マッキャンエリクソンのコピーライターとしてでした。その後、砂田さんがマッキャンに転職し、わたしはフリーの脚本家になりましたが、自主制作でドキュメンタリー映画を撮っていた砂田さんとは通じ合うものがあり、つながりは続いていました。

新作ドキュメンタリー映画ができました、と連絡をもらったのはこの春のこと。
その宣伝コピーが「見たい気持ちにならない」と指摘されたので読んでもらえませんかと相談されました。

わたしはもうコピーライターではないけれど、一観客として、どう紹介されたら観たくなるかなと考えた文章を書いてみますねと送ったものが、ほぼそのままチラシになりました。

終戦の日の昨日、東京・渋谷アップリンクと大阪・十三シアターセブンにて公開。
公開二日目の今日の上映を観てきました。

紹介文は予告編だけを観て書いたので、本編を観るのは初めて。
友人が関わっていること、自分が紹介文を書いたことを差し引いても、見応えのある力強い作品でした。

同じく砂田さんのドキュメンタリー映画「兵隊だったおじいちゃんへ」との二本立てで、兵隊だった〜はイギリスと日本、子供たちの〜はオランダとインドネシアと日本の戦中戦後が描かれているのですが、教科書で習わなかった戦争を見聞きすることができました。

挟まれている戦争記録映像も観たことがないもので、これだけでも観る価値がありました。

上映後のトークで砂田さんは「日本だけで通用するものにしないように心がけた」と話されましたが、イギリスでもオランダでも受け入れられるには日本がされたことだけではなく日本がしたことも描かなくてはならない。俘虜だった元兵士のイギリス人が今も覚えている「キヲツケ」。インタビューの肉声の説得力がありました。

戦争で日本を憎むようになったイギリス人、オランダ人は少なくないし、今もオランダでは毎月一回日本政府に補償を訴えるデモが行われていることも知りました。

印象に残ったのは、兵隊だった〜の中でイギリス人元兵士が語ったビルマ(と記憶)でのエピソード。日本人兵士の遺体収容に使われていた寺院の中はすごい腐臭。だがまだかすかに動ける兵士もいた。彼が寺院を出た後にインド人兵士(と記憶)が入り、銃声が一発。まだ動ける兵士にとどめを刺すとは何ということを…と思ったが、それは為すすべなく死を待つだけの兵士を慮って安楽死させたのだと知り、戦争をしていても人は人なのだと感じた…そんなお話でした。

観る価値といえば、不勉強で知らなかった「小野佐世男」さんという画家を知れたことも収穫でした。
インドネシアへ報道班員として赴いた小野氏が遺した絵が子供たち〜の劇中で使われているのですが、とてもあたたかいまなざしのある絵でした。
息子である小野耕世さんと上映後お話ができたのですが、「戦争の絵よりも人ばかり描いていた」とうれしそうにおっしゃっていました。
日本軍の一人として、プロパガンダの壁画も描いたりしましたが、現地に溶け込み、現地の暮らしを活写し、現地の人に絵を教えたりもしていたそうです。

国と国は戦争していても、人と人は心を通わせる瞬間がそこかしこであったのかもしれません。

起きてしまったことは消せないけれど、未来は残された人々の手の中に託されています。
そのことを象徴的に見せてくれるラストにあたたかな涙を誘われました。

詳しくは公式サイトを。
今井の書いた紹介文もお読みいただけます。

公開は今のところ東京、大阪ともに2週間。一日一回上映だったりして、なかなかつかまえづらいのですが、監督の手弁当と情熱で作り上げたこういう心意気のある作品こそ満席と拍手で報いたいし、埋もれていた事実に光を当てたこの作品が埋もれてしまうのは非常にもったいないと思い、声を大にして広めます。


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08月16日(日)
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