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脚本家・今井雅子の日記
by いまいまさこ
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■ 思い出とご縁のフレンチ「シェ ルネ」最後の晩餐
広告代理店マッキャンエリクソンのコピーライターになり、関西から東京に出て来た20代のはじめ。CM制作でお世話になったプロダクションの葵プロモーションに連れて行ってもらったお店で、「フレンチ」の概念をひっくり返された。
それまでわたしが大阪と京都で食べてきたフレンチといえば、「バターたっぷりソース」。さらに、ジュレにしたりテリーヌにしたりの見た目も味つけも趣向を凝らし、一言で言えば「こてこて」という印象があった。もちろん、こてこて大好きなわたしは、そのこてこてを愛していたのだけど。
その店のフレンチは、違った。最初に運ばれたアスパラとトマトのサラダがそれを象徴していた。アスパラはアスパラとして、トマトはトマトとして、シンプルに存在していた。その新鮮な素材の味を最大限に引き出す最小限の味つけがされていた。
メインのステーキは、一枚ではなく一塊という単位で数えるほうがふさわしい形状で、外はこんがり、中に肉のうまみを閉じ込め、これまた肉が肉らしさを発揮できるよう寄り添うソースが心憎い塩梅でからめられていた。
出される皿がことごとくこんな感じで、「これがフレンチなのか!」「これもフレンチなのか!」と、わたしは目をみはり、食べてはとろけた。
それから何年かして、カンヌ国際広告祭へ行き、本場フランスのお店へ行ってみると、野菜や肉や魚の素材が主張している皿にたくさん出会ったのだけど、当時はとにかく、わたしの知っているフレンチと、その店のフレンチはまったく違っていた。
そのお店は東銀座にあり、「シェ ルネ」といった。
会社員時代に何度かごちそうされる機会があり、自分でお金を払って食べに行ったのは、会社をやめる少し前、社内の女子会で行ったときだけだった。それも、もう6年前のことだ。
2005年5月20日(金) 『シェ・ルネ』→『ラ・ボエム』8時間の宴
このときお店で居合わせたのが、短歌の会「猫又」で知り合った宮崎美保子さんで、美保子さんとルネはわたしがルネを知るはるか前からの長いおつきあいがある。気の合う人のなじみの店が、自分の好きな店という偶然にはご縁を感じる。
その美保子さんから「ルネが6月に閉店するから一緒に行きましょ」とお誘いがあり、今宵、ひさしぶりの、そして最後のルネへ行ってきた。
トマトとアスパラは健在。あらためて、なんとおいしいこと。

集まったのは、5人。わたしと美保子さんの他に3人。
美保子さんに誘われ、一年だけ参加した高円寺の阿波踊りで出会った建築家の横山夫妻とは、5年ぶり。おなじく美保子さんに誘われ、面白そうと参加したものの仕事が忙しくなって数回で脱落してしまった勉強会「日本の風」で知り合った大内由利さんとは、2年ぶり。
横山氏の高校時代からの友人がわたしがマッキャンで一緒に仕事していた人という偶然は、ずいぶん前に発見していたのだけど、今夜は大内さんとわたしを結ぶ線が次々と発見された。
大内さんがプロデュースされている人形作家の恋月姫さんが、わたしがファンレターを書いたほど熱を上げた綾辻行人さんの小説のモデルであり、恋月姫さんのビスクドールが綾辻さん原作の映画に出演しているとか、大内さんが『篤姫』のスタジオ見学をしたときに案内したのがわたしの大学時代からの友人だったとか。
ムール貝を頬張りながら、またつながった、と興奮した。

そもそもわたしと美保子さんの「猫又」つながりも不思議なご縁。『パコダテ人』の撮影で知り合った宮場ッあおいちゃんのマネージャーさんに勧められて投稿した短歌が、単行本『短歌があるじゃないか』に載っていた。それを、会社で隣の席だったデザイナーの名久井直子が、猫又主宰の穂村弘さんの友人という縁で読んでいた。「この『いまいまさこ』って今井ちゃん?」と教えてもらってなければ、その後、美保子さんちで開かれた猫又飲み会に参加することもなかった。
2004年12月11日(土)『猫又祭』に初参加
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06月24日(金)
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