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脚本家・今井雅子の日記
by いまいまさこ
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■ 成瀬巳喜男の『女が階段を上る時』『乱れる』『妻よ薔薇のやうに』
神保町シアターの企画上映「没後四十年 成瀬巳喜男の世界」が7月4日から8月14日までの42日間の会期を終えた。上映される42作品をわたしがほとんど観ていないことを見越したご近所仲間で映画通のT氏からは事前に資料が送り届けられた。「しっかりお勉強なさってください」と便箋3枚にわたる熱い激励文が添えられ、一本でも多く観るようにとのお達しがあったが、なんだかんだと仕事が立て込み、なかなか神保町へ足を運べないまま二週間が過ぎた。すると、「成瀬の作品の中で個人的にかなり好きな『妻の心』と『乙女ごころ三人娘』をお忙しかったとは存じますがたぶんご覧いただけなかったのは、四年越しで推奨し続けてきただけにとても残念でした」とT氏より嘆き節のメールが届き、あわてて『妻』を観に行ったのが7月26日(>>>日記)。その後、『女が階段を上る時』『乱れる』『妻よ薔薇のやうに』と立て続けに観たが、結局この4作品止まりになったので、T氏としては「勉強が足らん」ということになろうか。
『女が階段を上る時』と『乱れる』は高峰秀子が対照的な役を好演。ともに戦争で亡くした夫を慕うところは共通していて、その一途さは彼女によく似合う。『女が階段を上る時』では、したたかなバーのママを演じたが、どんな役でも分別と良識のある人に見え,汚れないのが彼女のすごいところ。戦争未亡人という人物の肉付けも効いている。モノローグで語られる本音に哀感があった。
『乱れる』では、「加山雄三って、こんなにいい男だったの!」と目を見開いた。見た目だけでなく「ちょっとワルだけど、亡くなった兄の嫁(=高峰秀子)を想う純粋な弟」という役柄もカッコいい。家に居辛くなった兄嫁が故郷へ帰る夜行列車に乗り込み、ボディガードのように付き添う終盤。列車が北へ北へと向かい、客が入れ替わるにつれ、少しずつ座席の距離を詰めていく二人の描写が心に残った。ラストには唐突感があり、「こんな幕切れって……」と面食らったけれど、あえて引っかかりを作ったのだろうか。「これはいかに?」と突っ込みを入れながら巨匠の作品を鑑賞するのは、たいへん勉強になる。
突っ込みと言えば、『妻よ薔薇のやうに』には、いくつかもの申したいところがあった。まず、タイトル。原作の「二人妻」だとそのまますぎるという判断で変えたのかもしれないが、登場する妻も愛人も「薔薇」のイメージはなく、あえて言えば本妻に「トゲ」はあるのだけれど、「薔薇のやうに」ではない。「薔薇のやう」な妻を求めているとすれば、野暮ったい田舎の愛人に心を寄せる内容と矛盾する。謎の深いタイトルだ。
この作品でもったいないと感じたのは、本妻が新聞に夫を想う歌を投稿しているという設定。一緒に暮らしていたときはさほど愛情を示さなかったのに、夫に逃げられてから切々と女心を訴える本妻の怖さと執念深さが出ていて面白いのだけど、劇中では本妻の性格を示すエピソードとして描かれて終わっている。新聞に載るのなら、離れて暮らす愛人の目に触れ、それによって愛人が本妻の気持ちを知るという描き方ができたのでは。愛人宅を訪ねた娘が、新聞の切り抜きを見つける場面などあれば、ドキドキしたのに、などと考えてしまった。この意見をT氏に進言すると、「うむ、なるほど」と一応は感心してもらえた様子だった。
同じ監督の作品を続けて観ると、癖や趣向のようなものがうかがえて、「成瀬らしい」などと通ぶったことを感じるようになる。小ネタがなかなか面白く、女が手にしているものを弄ぶ場面が多いとか、鳥が好きなんだろうかとか。脚本家になりたての頃、シナリオ作家協会が新人ばかりを集めた親睦会を開いたことがあり、どの輪に加わろうかとキョロキョロしていたら、「ナルセ、いいよねー」「今日も観ちゃった」と熱く語る一団があった。その輪の外側に突っ立って聞きながら、「知らない俳優だなあ」と思っていたのだが、今だったら少しは知ったかぶりができそうだ。
【お知らせ】『ぼくとママの黄色い自転車』公開まであと5日!
あと5日で公開ということは、娘のたまはあと5日で3歳。いい誕生日になりますかどうか、皆様の応援よろしくお願いします。初日舞台挨拶上映分は無事完売した様子。
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08月17日(月)
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