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脚本家・今井雅子の日記
by いまいまさこ
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■ 水瓶座は12年に一度の幸運期らしい
山田詠美さんのインタビュー記事を読んでいたら、「水瓶座は今年、12年に一度の幸運期」だとあった。24年前の幸運期に山田さんは小説家デビューしたのだという。わたしが大学生の頃、仲良かった友人が彼女の本に夢中になっていて、読ませてもらっていた。「人を好きになると、その人が死んじゃうんじゃないかって怖くて眠れなくなる」と山田さんがエッセーか何かで語るのを「すごくわかる!」と友人はいたく共感していたのだけど、まだそこまでのめりこむ恋を知らなかったわたしは、「自分より他人が大事になることなんて、あるのかしらん」と首を傾げた。そんな思い出のある作家さんが同じ星座だったという親しみと同時に、「ということは、わたしも幸運期か!」と小躍りした。

今年は朝ドラ「つばさ」の仕事に関われて、映画『ぼくとママの黄色い自転車』も公開されるので、脚本家業は幸運に恵まれているといえる。では、他はどうか? 同じく水瓶座のダンナに「今年、幸せな気がする?」とたずねたら、「家族三人仲良く暮らせる普通の毎日が幸せなんじゃないですか」と辛口の彼にしてはほのぼのとした答えが返ってきた。

昨日の夜、ダンナの帰りが遅くて、娘のたまと二人で晩ご飯を食べていたときのこと。こんな会話があった。

わたし「ごめんね。ママ、今日、たまちゃんが保育園の間に、お仕事終わらなかった」
たま「こまったねえ」
わたし「どうしよう」
たま「じゃあ はやく おわらせてよ」
わたし「待っててくれるの?」
たま「うん。えほんとか ねんどとか」
わたし「一人で遊んで待っててくれるんだ? たまちゃん どうしてそんなにいい子なの?」
たま「(照れ笑い)」

思わず紙とペンを引き寄せて書きつけていると、たまがのぞき込んで「ママ なに かいてるの?」。「たまちゃんがかわいいこと言ったから、書き留めてるの」と答えると、「じゃあ〈ママのこと おうちぐらい すき〉って かいて」と言われた。それが、「いい子にしてママを待つ理由」のようにも聞こえた。

その少し前、保育園から帰ってきたときに玄関先で「たまちゃん じぶんのこと すき。おうちぐらい すき」と言ったのを聞いて、「こんな風に自分を肯定できるってすてき!」と感激したのだけど、わたしのことまで「おうちぐらい」(わが家と同じぐらいという意味なのか、家ぐらい大きいという意味なのか?)好きと言ってくれる娘をぎゅっとだっこ。やっぱり今年は幸せな年だ!と感じた。

ちなみに12年前の1997年は広告代理店のコピーライターになって5年目。当時は日記をつけていなかったので、何をしていたかよく覚えていないのだけど、仕事も恋も充実していた覚えがある。人生を変えるような出来事があったのかどうか……と、自分のプロフィールを見てみると、「1997年10月 はじめてのテレビドラマシナリオ『月のなる木』 を日テレ登龍門に応募、2次選考まで残る」とある。3000篇を越える応募数から160篇ほどに絞られた中に入っているのを見つけて(審査結果が載っている「月刊ドラマ」を立ち読みした)、「才能があるのかも」と思い込んだことが、書き続ける自信をくれた。翌年3月に初めて賞を取った映画脚本『昭和七十三年七月三日』は、97年秋の函館旅行が活かされたから、やはり幸運の年だったのだろう。

さらに12年さかのぼる1985年は高校受験の年。第一志望の高校に合格し、新しい友だちも出来た。学校の掲示板で募集を知って翌年の米国留学に応募したのが、この年の出来事だったのか、年をまたいでからだったのか。わたしにとっては、その留学が大きな転機だった。

さすがに1973年、3才のときは運がいいも悪いもなく、幸せな子どもだったのではと想像する。さて、あと約半分残っている人生4度目の幸運年。何が起こるか、お楽しみ。

今夜の子守話は、今朝起きがけに言われた台詞がヒント。
「おにんぎょうと いっしょに ねんねしたのに さびしかったの。
 たまには そんなひも あるの」

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05月28日(木)
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