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脚本家・今井雅子の日記
by いまいまさこ
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■ プレタポルテ#2『ちいさき神の、つくりし子ら』
旗揚げ公演(>>>2006年08月04日(金) プレタポルテ#1『ドアをあけると……』)を観たときから2着目が楽しみだったプレタポルテの第2回公演『ちいさき神の、つくりし子ら』を六本木・俳優座劇場で観た。
原作はマーク・メドフの戯曲『Children of lesser god』。ろう学校に赴任した教師と学校で働くろう者の女性とのラブストーリー。演出の板垣恭一さんがずっとやりたいと願っていた作品だという。耳の不自由な人のために舞台の左右には字幕スクリーンが用意されている。
原作の戯曲の冒頭にある「ヒロインのサラは、ろうまたは難聴の俳優が演じることを強く希望する」という一文を尊重し、サラ役の津田絵理奈さんはオーディションで選ばれた。彼女の手話の豊かな表現力に、さすが自分の言葉にしていると感心したのだが、後で、プレタポルテのブログを読み、普段は手話を使っておらず、公演のために特訓した成果なのだと知った。
難聴の生徒オリンを演じた石曽根有也(らくだ工務店)は、演技とは思えない発声に驚いたが、お母さんが手話通訳者で、幼い頃からろう者と接してきたのだという。
別な公演でサラを演じたことのある大橋ひろえさんは、リーズに心を寄せる女生徒役。はじけるような明るさと茶目っ気は、テレビなどで紹介されているのを観て感じていたこの人自身のイメージと重なった。
サラの母親役の長野里美さんは、トレランスの公演でも感心したけれど、安定した存在感。校長役の樋渡真司さん、弁護士役の伴美奈子さんも達者。
サラと恋に落ちる教師リーズを演じた岡田達也さんは、台詞の大半が手話交じりの上、サラの手話を反復する形で訳すという重労働。通常の舞台の何倍ものエネルギーを使う役だったのではと想像する。サラとリーズのラブストーリーでありながら、わかりあえない二人がもどかしさや苛立ちをぶつけあう場面が圧倒的に多いのだが、真剣な喧嘩からは「好きだからこそわかってほしい、わかりたい」という思いがひしひしと伝わってきて、心を揺さぶられた。
好きな人には自分と同じ景色を見てほしい、見せてやりたいと願ってしまう。
リーズがサラに「音楽」を説明する場面が素敵だった。音楽は振動だけではない、音程という豊かなフレーズがあることをリーズは身振り手振りで表わそうとするが、「やっぱり無理だ」と諦める。そのとき、サラは「私には音楽はわからないけれど、あなたにとって音楽が大切なものだということはわかった」という趣旨のことを言う。
同じ景色を見ることはできなくても、相手がどんな気持ちでそれを眺めているかに思いを馳せることで、分かち合うことはできる。言葉を通じあわせることに不自由もストレスもない相手と気持ちがすれ違ってしまうのは、同じ景色を見ているつもりになって、別々のことを考えているせいかもしれない。
「違う者同士がわかりあうことの難しさと大切さ」というテーマは、ろう者と聴者だけでなく、男と女、大人と子ども、国や民族や人種の違いにも置き換えられる。
ちいさき神の、つくりし子ら
作者:マーク・メドフ
翻訳:平田綾子 板垣恭一
演出:板垣恭一
出演:岡田達也(演劇集団キャラメルボックス)
津田絵理奈
樋渡真司
伴美奈子
大橋ひろえ(SAP.AZN)
石曽根有也(らくだ工務店)
長野里美
ところで、原作の『Children of lesser god』のタイトルを聞いたのはアメリカ留学中の16歳のとき。市民講座で手話を習っていたのだが、ちょうど映画(『愛は静けさの中で』)版が公開されたときで、講師の先生が何度か話題にしていた。一度舞台を観てみたいと思っていたのが、20年以上経って、わたしの38歳の誕生日プレゼントとなって実現した。
その講座で習った手話の歌の中で、いちばん印象に残っているのが、ポール・マッカートニーとスティービー・ワンダーがデュエットしていた「Ebony and Ivory」。
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02月09日(土)
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