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脚本家・今井雅子の日記
by いまいまさこ
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■ 母の気持ちで……映画『犬と私の10の約束』(脚本協力)
松竹試写室にて3/15公開の映画『犬と私の10の約束』を見る。脚本作りに関わった作品で、わたしが書いたものは、脚本を書くにあたって英語の「犬の10戒(The Ten Commandments)を意訳した「犬との10の約束」が一部採用されて劇中に登場するという形で生き残っている(>>>2007年08月09日(木) ちょこっと関わった『犬と私の10の約束』 )。自分の脚本が使われるのがいちばんうれしいけれど、作品がちゃんと形になり、そこにほんの少しでも自分が関わった痕跡を残せるのもまたうれしい。その作品が愛すべき一本になっていたら、なおさらだ。
映画が描くのは、主人公の斎藤あかりの家に犬のソックスがやってきて去っていく、十年ちょっとの間のできごと。ソックスの一生に寄り添うように物語は進んでいく。わたしが関わったときとはエピソードも人物の性格もだいぶ変わっていて、はじめて知る作品のような新鮮な気持ちで観た。あかりのお母さんを、わたしは「ピーラーとせん抜きを間違えてきゅうりをむく」ような天然ボケのキャラクターとして描いた(その数日前に自分が体験したことをネタにした)けれど、包容力のあるまっとうなお母さんになっていて安心した。出産前、まだ娘がおなかの中にいるときに本作りをしていたのだけれど、当時は母親の気持ちを想像で書いていた。今ならもっと違った母親像を描けただろう。
犬を想う飼い主の気持ちになったり、子を想う母親の気持ちになったり、わたしには身につまされる場面が多かった。わたしが中学生のときにわが家にやってきた犬のトトと過ごした時間も10年ちょっとだったかなあと思い出す。トトは小柄な雑種で、ソックスとは毛が白いところ以外は似つかないのだけれど、ソックスは思い出の中のトトと重なり、あかりは昔のわたしに重なる。たぶん、観る一人一人がスクリーン越しにそれぞれの犬を思い描くのだろう。涙を迫る過剰な演出がない淡々とした描き方は、観る人に想像の余白を空けておいているようにも思える。脳裏に何を思い浮かべるかによって、さまざまな受け止め方ができそうな作品。二つ右隣の男性は「ゆるして〜」と言わんばかりに激しく嗚咽していた。物語と個人的体験がとんでもない化学変化を起こして、感情が爆発してしまった様子。
わたしはしみじみと思い出を振り返り、スクリーンの映像と脳裏の記憶をカットバックさせながら観た。飼いはじめた頃から犬の世界は広がらない(私にはあなたしかいません、が続く)けれど、飼い主の世界はどんどん広がって、人生において犬が占める割合はどんどん小さく軽くなっていく。トトにさびしい思いをさせてしまったかもしれない、最後は親に世話を押しつけてしまった、などと反省と懐かしさがないまぜになって、切なくなった。その一方で、自分はわが子とあと何年一緒にいられるのだろうと考えて、苦しくなる。健康で長生きしても、今は「あなたしかいない」という風にまとわりついてくるわが子が自分の世界を持つようになったら、親は邪魔になっちゃうんだろうなあ。犬にしても、子どもにしても、一緒に過ごせる時間は思っている以上に短い。だから、限りある時間を、目の前の今を、大切にしなくては。そんな素直な気持ちがふわっとこみあげてきた。
懐かしくて絵になる函館の街が舞台だったり、これまた函館が舞台だった『Little DJ』で好演していた福田麻由子さん(田中麗奈さんが演じる主人公あかりの少女時代。たしかによく似てる!)のくるくる変わる表情から目が離せなかったり、衣装がわたし好みだったり(おしゃれすぎる気がしないでもないけど、衣装が変わるたびに「カワイイ」「欲しい」とときめいた)、個人的に楽しめる点も盛りだくさん。犬が苦手なお父さん(豊川悦司)のコミカルな動きにも笑わせてもらった。3月15日(土)より全国公開。
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01月29日(火)
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