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脚本家・今井雅子の日記
by いまいまさこ
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■ 身につまされた映画『ドリームガールズ』
観たい観たいと思っていた『ドリームガールズ』がママズクラブシアターでかかり、早起きして9時20分の回をキャッチ。ミュージカルは舞台も映画も大好きだが、とりわけ好きな『シカゴ』のスタッフが多数参加し、しかも『シカゴ』の脚本を書いたビル・コンドンの監督作品とあって、期待は高まるばかり。

冒頭のアマチュアコンクールの場面、無名三人娘のドリーメッツが舞台に登場し、リードボーカルのエフィーの歌声が弾ける。スクリーン越しに観ているのを忘れ、コンクール会場の客席にいるような迫力。エフィーを演じたジェニファー・ハドソンは役作りのために体重をふやしたと聞くが、人よりも多くついた脂肪も肉も体重もあの歌声の栄養源なのではと思えるほど。監督が演技を評して「ショーストッパー」と絶賛したという新聞記事を読んだが、あまりの拍手でショーが中断するほどの熱演、という褒め言葉は決して大げさではない。アカデミー賞助演女優賞を受賞したのも納得だけど、助演ではなくて主演ではないのかというぐらい、わたしは完全にエフィーに乗っかって観た。

エフィーが主役を食ってしまったのは、ジェニファー・ハドソンの演技の存在感なのか、それともわたしが感情移入しすぎたせいなのか。歌うことが好きで好きでたまらないという空気を全身から発散させている姿には、踊っているだけで幸せだった学生時代の自分を重ねた。大学を出たわたしは、自分が踊るのではなく、言葉を躍らせる道を選んだけれど、エフィーにとっての「歌う」をわたしにとっての「書く」に置き換えて、観た。好きなことをしてお金をもらえて名前も売れるショービジネスの世界。レコードの売り上げやリクエスト数がランキングを駆け上る高揚感は麻薬のように人を夢中にさせ、惑わせ、運命を狂わせる。誰かが成功する陰で誰かが傷つき、誰かが乾杯する陰で誰かがヤケ酒をあおり、誰かが頂点を極める陰で誰かがどん底を味わう。栄光の光が眩しすぎる分、そこに生まれる影も大きい。ドリーメッツがドリームガールズの名でメジャーデビューすることが決まったとき、エフィーはテレビ的に見映えのいいビヨンセ演じるディーナにリードボーカルの座を譲ることになる。脚本の世界でいえば、プロデューサーとあたためてきた企画に出資者が現れて実現することになったものの、脚本家は別の人でと告げられたような状況だろうか。好きなことを仕事にしているからといって、好きなようにできるわけではない。どこかで夢と現実の折り合いをつけなくてはならない。だけど、夢を売る仕事であっても、自分の夢を安売りしたくはない。グループとしての夢が叶った代償に一人の歌い手としての挫折と屈辱を味わうエフィーの葛藤が痛いほど伝わってきて、わたしの胸まで引き裂かれそうだった。

持ち歌が盗まれたり、金の力でつぶされたり、というエピソードも他人事とは思えなかった。歌であれ映画であれ、ソフトが商品になるとき、その市場価値を生み出すのはプロデューサーの腕の見せどころ。さらに言えば才能という原石を宝石に化けさせるか石ころのまま埋もれさせるかもプロデューサーの腕次第だ。自分には夢をつかむだけの才能があると信じる者は、自分を売り出してくれる手腕とコネを持つ者に出会い、自分を信じるようにその人を信じ、運命を託す。けれど、売り出す立場の人間にもまた夢があり、野望がある。故意であってもなくても、悪意があってもなくても、利用された、裏切られたという悲劇は起こる。ここにも光と影がある。


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03月08日(木)
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