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脚本家・今井雅子の日記
by いまいまさこ
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■ 三島由紀夫レター教室
同じ作家の作品を続けて読むことが多い。他の作品との共通点を見つけるのも楽しいし、同じ作家が書いたと思えない作風の幅を知るのも楽しい。ひさしぶりに読み返した『音楽』に唸り、『三島由紀夫レター教室』を手に取った。「有名人へのファン・レター」「借金の申し込み」「同性への愛の告白」「出産通知」「英文の手紙を書くコツ」などといった項目ごとに「筆まめ」だけが共通する五人の登場人物の書く手紙が紹介されていく。文例集の顔をした小説である。読み進むうちに五人を取り巻く状況や過去が浮き彫りになり、行き交う手紙が交錯する糸のようになって五人の人間関係を複雑に絡ませていく。
女性週刊誌に連載していたとあって、手紙の文体も内容も日常会話のように軽やかなのだが、平易な文章の中に顔をのぞかせる比喩のうまいこと。女好きの服飾デザイナー・山トビ夫は客の中年女性の崩れた体型を「はみだしたシュークリーム」とこきおろし、年下のOL・空ミツ子の胸を「ふくれて、口をとんがらせて、『何よ』と言っているみたいな形」と形容する。ミツ子は、アルバイトしながら演出家を目指す多忙な青年・炎タケルからのプロポーズに「私は、一枚のオブラートではあるまいし、二十四時間のあなたのお時間の、どの隙間にすべりこめばよいのですか?」と返す。貧乏学生・丸トラ一に天津甘栗をねだられて「ゴキブリでもつかまえて食べていたらいいでしょう。どちらも黒光りしてツルツルしていますからね」と突き放す未亡人・氷ママ子は、まったく魅力を感じない取引先男に告白され、「たのみもしないのに、いきなり頭へ重い鉄兜をのせられたよう」と男友達のトビ夫に相談。トビ夫は「どうか、路面電車の線路と地下鉄の線路は、決して交差することはないということを、ご銘記くださいますように」とやんわり断る返信を提案する。タケルとミツ子の披露宴に出たトラ一は、紋付き袴の新郎と文金高島田に白のウチカケの新婦が「キンキラキンの支那料理店」に座るさまを「ラーメンの丼に刺身を入れて出されたような感じ」と表現する。人物のネーミングのセンスには時代を感じさせるものの、テレビが白黒であっても表現には古さを感じさせない。
性的快感を音楽に例え、冷感症の女性の治療過程を精神科医の目線で淡々と綴りながら心理サスペンスに仕立てた『音楽』と同じく、人間観察の鋭さとそれを表現する文章力の巧みさに感心することしきり。芝居に誘ったところ「千載一遇のチャンスを逸するのはくやしくてたまらない」が、親友の結婚式と重なってしまい、「一生に一度の盛事に奉仕せねばならぬ」由を述べた返事とともに切符を送り返したミツ子に対して、「あなたは手紙を長く書きすぎました」と咎めるママ子の手紙は秀逸。「招待を断るには『のがれがたい先約があって』という理由だけで十分」であり、「出席か欠席かの返事だけが大切で、それについて、もはや余計な感情の負担を負いたくない」という指摘の的確さに唸らされた。手紙には込めるべき情報や感情の適量があり、足りないとゴミになるが、度を越すと荷物になる。
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02月21日(水)
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