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脚本家・今井雅子の日記
by いまいまさこ
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■ マタニティオレンジ72 出産ドキュメント
余白にウィダーインゼリー1本と走り書きがある。それまで買ったことはなかったが、助産師さんの指名で、ダンナに買ってきてもらった。結局、液体より固体よりこれがいちばん口に入りやすく、役に立った。大好きなペルティエのパンは長期戦に備えて二千円分買い込んでもらったが、ひとつも喉を通らなかったし、バナナも半分でギブアップ。ダンナはこの頃に駆けつけたと思われる。何度「立ち会って」と頼んでも「約束できない」とはぐらかされてきたが、いざとなるとちゃんと来てくれた。
27おにぎりおかか 体力つけなきゃと無理やり食べた記憶がある。
30最大 35うんち? 実際は便意ではない。赤ちゃんが降りてきている証拠。
37限界 38 40最大 トイレ行く いきみのがし押してもらうと楽
21:00移動 ここで分娩室に移動。といっても分娩台はなく、和室に布団が敷かれた部屋。抱きかかえて苦痛を和らげるビーズクッションがでん、と置いてあった。
21:10フーウン これを最後に絶筆。「フーウン」というのは呼吸法。
そこから先のことは記録には残せなかったけれど、手当たり次第にシャッターを押して撮った写真のように記憶に残っている。廊下の壁、トイレの壁、本棚の上、ソファ……オリエンテーリングのポイントを回るようにあちこちに手をつきながら陣痛をやり過ごしたこと。ダンナに頭をなでられたのがすごく安心できて、ふわふわといい気持ちになったのに、次の瞬間、「触らないで!」と手を払いのけ、そんな自分を「逆毛を立てて威嚇する妊娠猫みたい」と思ったこと。ダンナがいったん仕事に戻り、助産師さんがトイレで離れた五分間が永遠のように長かったこと(病院での分娩ではぎりぎりまで放っておかれることが多いらしいが、わたしが産んだ助産院では基本的につきっきりだった)……。順不同で、時系列に並べ替えるのは難しいけれど、画像は鮮明で、そのときの音やにおいや手触りも一緒に保存されている。
極限状況に陥ると、人は正気を保つために気を紛らわせる努力をする。「笑う出産」「歌う出産」「踊る出産」「祈る出産」など様々なスタイルがあるようだが、わたしの場合は「しゃべる出産」だった。「今どうなってますか」「なんでこんな痛いんですか」「あと何時間ですか」と助産師さんを質問攻めにし、「マタニティヨガで習ったんですけど、このポーズ楽です」「ああ、いま束の間の休息です」「この呼吸法、母親学級でやりました」などと実況し、合間に「年間何人ぐらい取り上げているんですか」と取材したりした。「あなたは最後まで冷静だったわ」と後で助産師さんに言われたが、言葉を発散することで、ばらばらになりそうな気もちをつなぎとめていた気がする。
先に破水した分、クッションがなくて衝撃がもろに伝わるので、陣痛がきつかったらしいが、そのおかげでお産が早く進み、初産にしては特急スピードの四時間で「子宮口全開」と言われるステージまで来た。ここまで来たら、あとは出すだけ、の段階。その時点で23時頃だっただろうか。助産師さんも「もしかしたら日付が変わる前に生まれるかも」と言い出した。当初の見通しより12時間繰り上げとなる。ところがそこから先が難航。これで最後と思って踏ん張るのに、出そうで出ない、その状態が二時間以上続き、気力体力ともに限界。24時、二度目の点滴の後、鼻に酸素吸入のチューブが差し込まれた。
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02月05日(月)
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