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脚本家・今井雅子の日記
by いまいまさこ
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■ 花巻く宮澤賢治の故郷 その3
この建物の離れになっているトイレは、壁に「光」の文字を彫り、光取りの窓にしている。陽が差し込むと、「光」の立体文字ができるのだろう。
この地で独り暮らししていた光太郎さんは、妻・智恵子さんを思い続けていた。山荘から坂を登ると、妻の名を呼んだという「智恵子展望台」があり、そこから少し下った泉は「智恵子抄泉」と名づけられ、「山の空気のやうに美味」の言葉が刻まれている。これほどまでに夫に愛されてみたいものだ。
どこへ行っても人気者のIさんにくっついていると、いいことがある。山荘入口の受付にいた女性はIさんの知り合いで、「いいもの見せてあげる。ジャーン」と高村光太郎が地元の小学校の卒業式に出席したときの写真を見せてくれた。一緒に写っていたのは彼女のお母さん。記念館に着くと、「ちょうどIさんに送ってもらった写真を眺めていたとこよ」と高橋さんという女性が迎えてくれる。この人は、生前の高村光太郎を知る数少ない人。サンタクロース姿の光太郎さんが小学生に囲まれている写真を花巻に来てから何度か見たが、その衣装を縫ったのが高橋さん。「ひげは本物の羊の毛よ」。
訪問者が感想をつづったノートには「高橋さんの話が聞けてよかった」という書き込みがいくつかあった。それ以上に「パラゾールくさい」というクレームが目立つのは残念。展示物に見入っていたせいか、わたしは気にならなかった。「展示がしょぼい」という書き込みもあった。確かに宮澤賢治記念館ほど設備は整っていないし、予算をあまりかけられていないのはうかがえる。けれど、地元の人の善意が感じられるあたたかい記念館だと思った。
それにしても、高村光太郎とはすごい才能である。書家であり、彫刻家であり、詩人であり……、「いくらまはされても針は天極をさす」は書としてもすばらしいが、名コピーでもある。
気がつけば帰りの新幹線の時間が迫っていた。「昼も食わせんで引っ張りまわして悪かったな」とIさんは気の毒そうに言ってくれたが、食べる時間も惜しいほど見るべきものがあった。それより、宮澤賢治研究会の一員として参加すべき行事がいろいろあったはずなのに、わたしたちの登場で予定が狂ってしまったのでは。「とんだのにつかまっちゃいましたね」と言うと、「何度でも来たら案内してやるさ」と余裕の笑顔。一緒に改札を入り、新幹線ホームまで見送ってくださる。もう、泣きたくなるくらい、いい人。
「知り合いの娘っていうだけで、ここまで人に親切にできるかな」「わたしたちも見習わないとね」と感謝し、自らを省みる恵子とわたし。車内で遅めの昼食。新花巻駅名物『鮭弁当』は売り切れていたので、同じ鮭が入っているという『花巻』にしたが、期待以上だった。
09月22日(月)
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