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与太郎文庫
by 与太郎
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■ 甘党家族 〜 アンコつばきに花が咲く 〜
http://jp.youtube.com/watch?v=jRHAelENVUY&feature=related
── 高田 ひろお・詞/佐瀬 寿一・曲/子門 直人・唱
《およげ ! たいやきくん 19751225 キャニオンレコード》
http://d.hatena.ne.jp/adlib/20090202
0.餡子対決
峠に、饅頭屋が建っているそうな。
その向かいに、なぜか鯛焼きの店があるという。
この寒空に、三十分も並ばないと買って来れないというのだ。
「その鯛焼きには、尻尾まで餡子が入ってるんだろうな」と父が聞いた。
「いや、そうでもないが、とにかく客が並んでいる」と息子が答えた。
「どんなものか、食ってみたい」と云うと、このたび並んで買ってきた。
まさか古新聞ではないにしても、ただの紙袋に投げこんである。
ペーパー・タオルに包みかえ、あまり期待せずに、食ってみる。
何の変哲もないが、ほどよく甘く、舌に残らず、なかなかのものだ。
しまった(晩飯の前に食うんじゃなかった)と思ったが手遅れだ。
ついつい親子三人で、一個づつ平らげてしまった。
いつになく甘いもの談義がつづいて、これぞ餡子の効能か?
1.老人と旨み
父は京都そだちだが、母と子は修学旅行で京都を訪れている。
そこで、はじめて名物の「八つ橋」を食べたという。
焼く前の「生八つ橋」は、大人になってから食べたそうだ。
京みやげが「生八つ橋」を売りものにしたのは、1960年以後である。
東京時代の父が、下宿の女主人に献上したら、とても喜ばれた。
お礼に「ぜんざい」が返ってきたくらいだから、推して知るべし。
ところが、母の知りあいに「生八つ橋」を好まぬ人もいるらしい。
土地柄かといえばそうでもない、と息子が語った。友人が家を建てた
祝いに「生八つ橋」を持参したら、老人が現われて礼を云ったという。
結局、老人は旨いものに目がないらしい。
幼いころに旨かった駄菓子や、老いて初めての味にも敏感なのだ。
(↓)関口 知宏《中国鉄道大紀行 20071108 24:10-24:25 NHK》
…… 若者が缶入りの日本茶を差しだす。だまって受けとった老人が、
一口のんだ。缶を見つめて、二口めをのんだ。そして三口めに呑みほし
た。それでも老人は、そっぽを向いたまま、遠くを眺めていた。
若者が、笑顔で立ち去ろうとすると、老人も立ちあがって云った。
「なんだ、もう行くのかい。もっとゆっくりすればいいのに……」
http://www.enpitu.ne.jp/usr8/bin/day?id=87518&pg=20071108
祖父ありき 〜 関口家の人々 〜
2.神武以前
このあとも、甘いものを食べながら、はてしなく話題がひろがる。
新井先生に桃を贈ると、夫人がその農家を知りたいと云ってこられ、
金谷未亡人は絵を描いてこられた。果実の女王が桃なら、王様は葡萄だ。
新井夫人の感激も、その年の出来栄えによるもので、毎年おなじでは
ないから珍重されるのだ。いわんやワインにおいておや……。
…… 善人なをもて往生をとぐ、いはんや悪人をや《歎異抄 第三条》
西欧は葡萄酒、イタリアは果実酒、ドイツは麦酒、英国はスコッチ、
アメリカはバーボン(玉蜀黍)だが、日本文化は米の酒を生みだした。
神武天皇は、米と酒によって“東征”を果たしたのではないか。
歴史教師の河原くんは、若いころ経済学に傾倒していたが、定年後は
農耕に興味を抱いたそうだ。極上の桃は、ふだん農家と仲良くしないと
譲ってくれないとかで、道で会えば(あの彼が)先にお辞儀するという。
3.餅は持屋
むかし藤井くんが集金に行くと、駄賃(チップ)を呉れる老人がいた。
奇特で有難いことだと、金谷先生に話したところ、その謎が解けた。
「さすが饅頭屋のご隠居や、ゆったり人に喜ばれながら生きてきた人や」
祖父の故郷にネット販売の和菓子屋があり、十年前ためしに注文した。
おそるべく不味く、よそ様に贈らなくてよかった、と安堵したほどだ。
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02月02日(月)
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