ID:87518
与太郎文庫
by 与太郎
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■ 同じ日の二人 〜 すれちがった人々 〜
 
http://d.hatena.ne.jp/adlib/20080429
 
 1965年、NHK京都放送局のスタジオを覗くと、茶室のセットがあり、
出番前の老優と熟女が、なにやら面白い話をしていたらしく、ヒョイと
踊りの手つきをした老優に、熟女もつられて左手を泳がせた。
 
 与太郎は、急いでシャッターを切ったが、いかんせんピンボケだった。
 いつも首からカメラをぶら下げているものの、こういう状況で傑作が
生れる確率は低い。それでも万が一に期待して手離せないのである。
 
 この二人は、とくに縁があったわけではなく、偶然おなじ番組に出演
したのだが、36年も前後して、おなじ命日に亡くなった。
(Neg'A224 Vol.23 1965‥‥ 日付不詳、まさか0429ではあるまいが)
 
 いしい・かん/籍=石井 清一/三升亭 小勝 4の子/芸名=竹本津 駒太夫
/菊池 寛に招かれて《三月三十二日 1927 新劇協会》
/1928久保田 万太郎の勧めで新派劇へ。
《カミさんと私 195908‥-19720206 TBS 東芝日曜劇場》
/1967紫綬褒章/石井 ふく子の養父/石井 希和は血縁なき孫にあたる。
 

 伊志井 寛  俳優 19010207 東京   19720429 71 /
♀岡部 伊都子 随筆 19230306 大阪 京都 20080429 85 /
 木村 邦夫 学徒兵 192.‥‥ 大阪 沖縄 19450531 2. /自決/岡部 伊都子の婚約者

 
── 岡部さんは邦夫さんが死んでいたとは知らなかった。45年の5
月29日、30日、31日と毎晩同じさんの夢を岡部さんは見ている。
(略)その5月31日に邦夫さんは死んでいました。敗戦後、半年ほど
たってから、戦死公報が木村のお母さんのところに来たんです。
http://ch05028.kitaguni.tv/e168818.html
 婚約者を戦地に喜んで送り出した?加害の女?として
 
── 岡部伊都子さん死去 随筆家、戦争・差別問う
 
 いのちの根源を問い、細やかな暮らしの営みを慈しみ深い文章につづ
ってきた随筆家の岡部伊都子(おかべ・いつこ)さんが29日午前3時
59分、肝がんによる呼吸器不全のため京都市中京区の病院で死去した。
85歳。大阪市出身。自宅は公表していない。葬儀・告別式は親族をの
みで営み、しのぶ会を5月31日午後2時(3時に変更)から、上京区
寺町通丸太町上ルの洛陽教会で行う。
 
 大阪市西区のタイル問屋に生まれ、相愛高等女学校時代に結核を患う
など、病弱な中で読書と随筆執筆を続けた。1951年に「紅しぼり」
を自費出版、54年から朝日放送で放送した「四百字の言葉」をまとめ
た「おむすびの味」を刊行、随筆家として独立した。
 
 第二次世界大戦中、婚約者を沖縄戦で亡くした。愛する人を戦場へ追
いやった「加害の女」との自省から、戦争や沖縄、差別問題などに鋭く
言及する随筆を発表。沖縄などを度々訪問して「27度線−沖縄に照ら
されて」「水平へのあこがれ」などを刊行した。
 
 「古都ひとり」を発表した翌64年に京都に移住。古都の静けさのな
かに息づく社寺を訪ね歩き、「美の巡礼」「鳴滝日記」など珠玉の随筆
集を発表し続けた。身近な生活から環境や命の重みをみつめる文章を本
紙夕刊コラム欄「現代のことば」にも長年執筆。96年には「岡部伊都
子集」全五巻を刊行した。
 81年に京都新聞文化賞、83年に大阪芸術賞を受賞した。
http://www.kyoto-np.co.jp/article.php?mid=P2008042900119&genre=P1&area=K00
 京都新聞 20080501
 
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↓=Non-display>
 三升亭 小勝 2 落語 18‥‥‥ 江戸   18720928 ? /籍=富沢 常吉(佐ノ家)
/伊志井 寛の祖父 (三遊派)/石井 希和の高祖父
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♀鶴賀 鶴賀斎 1 新内芸人(江戸豊後派)浄瑠璃/籍=富沢 ます/三升亭 小勝 2の妻
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 三升亭 小勝 4 落語 185603‥ 江戸 上方 19060406 51/籍=石井 清兵衛/竹本清之助の婿

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04月29日(火)
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