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与太郎文庫
by 与太郎
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■ 同窓会春秋 〜 鐘を鳴らすのは誰か 〜
 
http://d.hatena.ne.jp/adlib/20080204
 
 高校二年の三学期、つぎの生徒会会長選挙が近づくころ、フクちゃん
こと下村福先生(古文)に呼びとめられた。
「宇野くんが、きみに相談したいことがある云うとるで」
 
 先生は文芸部顧問として親しく、彼の担任でもあった。
 落第生だった与太郎は、学級代表の代議員を辞し、器楽部代表として、
評議員会の議長をつとめていた。
 
 ほどなく宇野くんが、与太郎に声をかけてきた。
「家庭の事情で、ぼくは生徒会長にはなれません」
 つまり、大学受験のため、雑務に関わりたくないらしい。
 
 与太郎は、それを咎めるでもなく「そうか、考えておく」と答えた。
 おなじ理由で、コンサート・マスターも器楽部を退める予定だった。
 落第生としても、個人的な事情は、公務に優先すると考えていた。
 
 他に立候補者がなければ、評議員会として数人を推挙するだけだ。
 高校自治会の規約では、評議員会の議長は選挙管理委員会を兼任する。
 実は中学生徒会でも公安委員会の二年生が選挙管理委員会を兼任した。
 
 かくて与太郎は、四年連続して生徒会長の選出に立ちあったのである。
 木村 祥子(初の女子会長)、楠原 太八(初の二年生会長)につづき、
岸田 貞義(初の応援団長)、飯田 勤(初の野球部主将)を送りだした。
 
 その後、宇野くんの消息は知らないが、さいきんは同窓会の世話役を
引きうけているらしい。重厚沈着の品格で信望をあつめているのだろう。
 卒業後50年たったので、このブログを送ってみることにする。
 
 ◆ 九つの疑問 〜 世話役の両君へ 〜
 
 数年来の同窓会名簿が、ことしはクロネコメール便で送られてきた。
 《同志社中・高33会同窓会名簿 200709‥ 現在》
 このような個人情報の開示は、どのような大義名分にもとづくのか。
 
1.>不明者の消息はすみやかに< ……(?)
2.不明者(転校生・中退生・落第生)に配慮されているか。
3.名簿上に不明とあっても、ネット上で健在な同窓生もいる。
 
4.掲載者の合意・了解を得なくてよいのか。
5.死亡者は(抹殺されるだけで)遺族あてにお悔やみが出せない。
6.恩師(担任・司級あわせて、約36人)の消息がないのはなぜか。
 
7.世話役の二人は、どのような手続きで、いつ選出されたのか。
8.制作費・調査費・送料(360名)は、誰が負担しているのか。
9.同窓会事務局の説明(*)と矛盾しないか。
 
 ついでに、落第生の言い分も記しておく。
 与太郎が、中学1年から高校2年までの5年間をともにした同窓生は、
さきに卒業している。この年度の同窓会は、しばらく案内が途絶えた。
 
 つまり、5年間いっしょだった同窓生と、最後の2年間をともにした
同窓生とを比較して、どちらが親しく懐かしいか想像できるはずだ。
 それを卒業年度だけで振りわけるのは、学校側の論理ではないか。
 
 そこで、与太郎自身が世話役となって、37年前に「たとえ一日でも
机を並べた者の同窓会」と称して、ナイトクラブ・ベラミに召集した。
 最近ようやく誰かが思いだしたらしく、案内状が届くようになった。
 
 おかしなことに、この学年では、冬は大阪のてっちり屋、秋は京都の
洋食屋で、別々の世話人が主催している。どうも気のあった者だけ呼び
かけている気配があり、恩師を招かないよう申しあわせているそうだ。
 
 商工会議所の会頭・副会頭も、この学年から出ている。
 結構なことだが、会頭はオール同志社の同窓会長にも就任している。
 だが、国際的な企業の会長が、このような雑務に関わるのはどうか。
 
 他の誰かに、理事長ならともかく役不足ではないか、と話したところ、
「恒例の同窓会総会で承認されたのだから、きみが心配しなくていいよ」
と反論された。それこそ“シャンシャン総会”ではないか。
 
 ◆ ブログ抄 〜 わたしの同窓会 〜
 
 ポール先生の消息(*)/谷本先生への電話/谷本先生より

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02月04日(月)
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