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与太郎文庫
by 与太郎
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■ 癒着百科 〜 あるある“やらせ”の誕生 〜
 
http://d.hatena.ne.jp/adlib/20070214
 
 ついにM氏は、テレビ局を定年退職する日を迎えた。
 幸せな人生だったが、ひとつだけ“やばい”記憶がある。
 入局早々の処女作、ドキュメンタリー《仏壇始末記》のことである。
 
 先祖代々の仏壇を、せまい家のなかに置きたくない人々が増えていた。
 そんなウワサをもとに企画書を出すと、すんなり通ってしまった。
 だが、いざとなると実際に協力してくれるお人好しが見あたらない。
 
 そこで、新婚ホヤホヤの出入業者C氏に、さりげなく当ってみた。
「あんたの家には、仏壇はあるのかい」「いちおう、ありますが」
「邪魔だな、と思ったことはない?」「そんなことはありません」
 
「実はね」と、新米プロデューサーは、出入業者にささやいた。
「あんたの家の仏壇を、半日ばかり番組に貸してくれないかな」
 お人好しは答えた。「そりゃまぁ、お役に立てるなら、いいですよ」
 
 しかしまさか、床の間に祀ってある仏壇を運びだしてトラックに載せ、
方々の心あたりをめざして捨てに行く、とは誰も想像できないだろう。
 ところが、まさにそのとおりの台本が出来あがっていたのだ。
 
 ◇ 
 
 C氏の家では、もっぱら老父が仏壇の手入れをしていた。
 亡妻の位牌に向かって、毎朝おがんでいるという。
 そこで丸一日、老父が留守にするための“用事”をこしらえた。
 
 新妻に言いふくめ、近所にもバレないよう、注意深く盗みだした。
 位牌などの備品は、あらかじめポラロイド写真に撮っておく。
 ロケが終ると、ふたたび用心深く、もとの状態に戻すためである。
 
 かくて盗みだした仏壇とともに、ほうぼうの寺をたずねて回った。
 お人好しが「どうか引きとってもらえないでしょうか」と頼みこむ。
 お人好しの住職に「どうぞどうぞ」と引きうけられても困るのである。
 
 あちこち断わられ、ときに「先祖代々の仏壇をもっと大切に」などど
説教されたりした。ラストシーンは、途方に暮れた表情で、夕日を浴び
ながら走り去るトラックの荷台に立ちつくす、お人好しの後ろ姿だった。
 
 C氏は、ついうっかり酒場で、この番組の苦労を語ってしまった。
 居合わせた大学教授が「なんだ、あれは君だったのか」と呆れていた。
 なにしろ当時は“やらせ”という概念もキーワードもなかったのだ。
 
 ◇ 
 
 ロケが終ると、プロデューサーは協力者に謝礼を差しだした。
 あらかじめ領収証も用意されていて、金額まで記されていた。
(当時の中卒初任給、大卒プロデューサーなら二十日分に相当する)
 
 お人好しの協力者は、署名捺印して、にこやかに受けとった。
 あまり親しくなかったが、これを機に共犯関係が成立したのである。
 そこで、新米プロデューサーは出入業者に人なつっこく笑いかけた。
 
「ところで、これから一杯どう?」「もちろん、行きましょう」
 たちまち二人は意気投合して、夜の街に向かって歩きはじめた。
 お人好しのC氏は、足りない分は付けにして、M氏を接待した。
 
 こういう経験のない人や、あるいは業界を知らない人たちが聞くと、
とんでもない不届きなエピソードだと思うだろう。
 あるいは知りぬいた人々も、そんな慣習はあり得ないと云うだろう。
 
 いまかりにM氏が、現役のプロデューサーなら、かくなる経済感覚は
研ぎ澄まされているにちがいない。もちろん金額も手法もケタが違う。
 さらに云えば、こういうセンスがなければ仕事が捗らないのである。
 
 ◇ 
 
 このケースが暴露された場合、世論の反応は、贈収賄の二人が共謀し、
卑しく酒食を貪った行為まで非難するにちがいない。
 ワイドショーのコメンテーターも、したり顔で論評するだろう。
 
 ただし、仔細に検分すれば、二人がタダ酒を呑むために、手の混んだ
番組づくりをしたわけではない。当初の思惑が外れたため“やらせ”の
共犯者を道づれにしたのである。
 

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02月14日(水)
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