ID:87518
与太郎文庫
by 与太郎
[1050930hit]
■ 癒着百科 〜 あるある“やらせ”の誕生 〜
http://d.hatena.ne.jp/adlib/20070214
ついにM氏は、テレビ局を定年退職する日を迎えた。
幸せな人生だったが、ひとつだけ“やばい”記憶がある。
入局早々の処女作、ドキュメンタリー《仏壇始末記》のことである。
先祖代々の仏壇を、せまい家のなかに置きたくない人々が増えていた。
そんなウワサをもとに企画書を出すと、すんなり通ってしまった。
だが、いざとなると実際に協力してくれるお人好しが見あたらない。
そこで、新婚ホヤホヤの出入業者C氏に、さりげなく当ってみた。
「あんたの家には、仏壇はあるのかい」「いちおう、ありますが」
「邪魔だな、と思ったことはない?」「そんなことはありません」
「実はね」と、新米プロデューサーは、出入業者にささやいた。
「あんたの家の仏壇を、半日ばかり番組に貸してくれないかな」
お人好しは答えた。「そりゃまぁ、お役に立てるなら、いいですよ」
しかしまさか、床の間に祀ってある仏壇を運びだしてトラックに載せ、
方々の心あたりをめざして捨てに行く、とは誰も想像できないだろう。
ところが、まさにそのとおりの台本が出来あがっていたのだ。
◇
C氏の家では、もっぱら老父が仏壇の手入れをしていた。
亡妻の位牌に向かって、毎朝おがんでいるという。
そこで丸一日、老父が留守にするための“用事”をこしらえた。
新妻に言いふくめ、近所にもバレないよう、注意深く盗みだした。
位牌などの備品は、あらかじめポラロイド写真に撮っておく。
ロケが終ると、ふたたび用心深く、もとの状態に戻すためである。
かくて盗みだした仏壇とともに、ほうぼうの寺をたずねて回った。
お人好しが「どうか引きとってもらえないでしょうか」と頼みこむ。
お人好しの住職に「どうぞどうぞ」と引きうけられても困るのである。
あちこち断わられ、ときに「先祖代々の仏壇をもっと大切に」などど
説教されたりした。ラストシーンは、途方に暮れた表情で、夕日を浴び
ながら走り去るトラックの荷台に立ちつくす、お人好しの後ろ姿だった。
C氏は、ついうっかり酒場で、この番組の苦労を語ってしまった。
居合わせた大学教授が「なんだ、あれは君だったのか」と呆れていた。
なにしろ当時は“やらせ”という概念もキーワードもなかったのだ。
◇
ロケが終ると、プロデューサーは協力者に謝礼を差しだした。
あらかじめ領収証も用意されていて、金額まで記されていた。
(当時の中卒初任給、大卒プロデューサーなら二十日分に相当する)
お人好しの協力者は、署名捺印して、にこやかに受けとった。
あまり親しくなかったが、これを機に共犯関係が成立したのである。
そこで、新米プロデューサーは出入業者に人なつっこく笑いかけた。
「ところで、これから一杯どう?」「もちろん、行きましょう」
たちまち二人は意気投合して、夜の街に向かって歩きはじめた。
お人好しのC氏は、足りない分は付けにして、M氏を接待した。
こういう経験のない人や、あるいは業界を知らない人たちが聞くと、
とんでもない不届きなエピソードだと思うだろう。
あるいは知りぬいた人々も、そんな慣習はあり得ないと云うだろう。
いまかりにM氏が、現役のプロデューサーなら、かくなる経済感覚は
研ぎ澄まされているにちがいない。もちろん金額も手法もケタが違う。
さらに云えば、こういうセンスがなければ仕事が捗らないのである。
◇
このケースが暴露された場合、世論の反応は、贈収賄の二人が共謀し、
卑しく酒食を貪った行為まで非難するにちがいない。
ワイドショーのコメンテーターも、したり顔で論評するだろう。
ただし、仔細に検分すれば、二人がタダ酒を呑むために、手の混んだ
番組づくりをしたわけではない。当初の思惑が外れたため“やらせ”の
共犯者を道づれにしたのである。
[5]続きを読む
02月14日(水)
[1]過去を読む
[2]未来を読む
[3]目次へ
[4]エンピツに戻る