ID:87518
与太郎文庫
by 与太郎
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■ 老兵総登場 〜 朝まで生テレビ! 〜
 
http://d.hatena.ne.jp/adlib/20050702
 
 司会者に「往年の大スター」と紹介された池部 良は「往年じゃない」
と反論。「岸惠子さんが言ってたけど、雪国で池部さんがお上手で」と
の追従を黙殺した。江戸っ子の面目ここにあり。
 
 ↓《さらば、忘れえぬ人々》
http://d.hatena.ne.jp/adlib/20050126
 ↓《暁の脱走 〜 敵前逃亡の罪と罰 〜》
http://d.hatena.ne.jp/adlib/20040523
 
 海軍と陸軍が右左に分かれて着席。
 
 加藤六月は終戦時19歳、血気盛んだったが茫然自失したそうだ。
(玉音放送テープを奪って、再降下を図ったグループに属していた)
 かつての“灰色高官”は、1985年ごろから表情が明るくなった。
 
 加藤「さきほど、御前会議で“転進”という言葉を決めたようなこと
には、わたしの勉強では、なっておりません」
 ABCD包囲軍(A=米国、B=英国、C=中国、D=オランダ)
 
 寺嶋「中国の前線には、足に鎖をつけた兵隊が逃げられないまま抵抗
する。ほかの兵士は便衣に着がえて逃げてしまう。日本軍は、中国人を
老若男女ロープでつないだまま、揚子江へ放りこんだ」
 
「南京に入城したら、兵隊は一人もいなかった。30万人も亡くなって
いません。慰安所があったから、強姦しない。しかし反省すべきですよ」
「子供のころから、仲良くしてれば鉄砲を向けることはできない」
 
 名越「軍隊を失った民族は哀れです。女は強姦され、子は捨てられた」
「モスクワ収容所では、ドイツ兵はナチスの唄を歌う、日本兵は革命歌
やインターナショナル、スターリン賛歌を歌った。」
 
「異国の丘はセンチメンタルだから歌えなかった。カチューシャはいい」
「ロシア兵をだますのは簡単だが、日本兵の拷問は恐ろしかった」
「早く洗脳された者から先に帰国できた」
 
 松浦(特攻隊で出撃したのに生き残ったのはなぜか、という質問に)
「なぜでしょうね(笑)四機で出撃したが、一機が海上に接触したりで、
残り二機になった。もう一機の少尉隊長(四ヶ月先輩)が引き返した」
 
「燃料を片道しか積まなかったというのは、まちがいで、満載すれば、
2500キロは飛べたんです」
「われわれは職業軍人ではなかったが、軍隊に入れば帝国軍人になる」
 
「出撃の時には、天皇のために死ぬんじゃなくて、愛する人々のために
死ぬ気持ちになった」
「戦争で死んだ人は少ない。ほとんど病死か餓死なんです」
 
 阿部「親父が戦死していたので、俺が死ぬことによって、お袋や女房
が生き延びればいいと思った。玉音放送を聞いて、ほっとした」
 
 ?「ガダルカナルで飢餓状態で生還した兵士を、そのままインパール
に送った。ひどいもんだった」
 
 池部「入ってから、漠然と考えたのは、いったい何のための戦争か」
「現地作戦の目的が分らない。蒋介石や八路軍と戦ってどうするのか」
 
 加藤「われわれは、士官学校出身だから、目的ははっきりしていた」
「僚友たちと、夜な夜な議論した。当時、アジアで独立していたのは
日本だけだった。大東亜共栄圏は日本のためではなく、アジアのため」
 
 佐島「アジアの解放に日本が貢献したことは周知のことだが、現地の
人たちは決して認めようとしない。現地の集会では、わたしはベトナム
人のふりをしていた」
 
 田原「おどろいたことに、靖国参拝やイラク参戦の賛成者は、数人」
 

 
 阿部 三郎  (海軍中尉)81 「維新以後の歴史教育を」
 池部 良   (陸軍中尉/俳優)
 大村 富美夫 (陸軍上等兵)81「正しい情報を」
 沖原 紀夫  (海軍大尉)
 小澤 一彦  (海軍中尉)82
 加藤 六月  (陸軍士官候補生/元衆議院議員)「日清日露より学べ」
 簡  茂松  (陸軍上等兵)日本名=竹之下?/戦後台湾に帰化。終戦処理を。
 木下 迪介  (陸軍兵長)84(79?)「建前と本音は、どこの国にもある」
 斉藤 一好  (海軍大尉)85

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07月02日(土)
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