ID:87518
与太郎文庫
by 与太郎
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■ 続・さらば、テレビ 〜 NHK vs 朝日 〜
 
http://d.hatena.ne.jp/adlib/20050115
 
 承前 ── わたしも、いつか「さらば、テレビ」を望んでいます。
 NHKの旧友に「テレビは止めない、BBCが写るかぎり」と云って
ましたが、一昨年に彼が退職したので「もういいかい」という心境です。
 
 与太郎の真意は「君こそ、BBCのように世界中で放映される番組を
作るべきだった」というもので、親友ならではの辛口ジョークである。
(もちろん彼にも代表作や受賞作があるのだが、ここでは触れない)
 
 NHKの旧友とは、与太郎の中学後輩であり、高校同期生である。
 与太郎が(母の葬儀中にかかってきた)電話をとると、NHKの新人
研修を終えたばかりの彼が「写真を撮りませんか」と云ったのである。
 
 かくて与太郎は、四年間におよびNHKの契約カメラマンとなった。
 大学でいえば聴講生のようなもので、生涯を通じてのファンである。
(他の友人たちは、金をもらったから、ヨイショすると思うらしい)
 
 余談ながら、高校文芸部での彼は、朝日新聞社を志望していたらしい
が、大学でフランス哲学を学ぶうち、NHKに変更したとみえる。
(新聞社に入っていたら、かの悪筆で、植字工を泣かせたにちがいない)
 
 ◆
 
 昨年来のNHK批判は、海老沢会長の辞任要求組と、受信料の不払い
便乗グループに分れて、だんだん理が通らなくなった。
 あとの連中は、会長が辞めても、すぐに受信料を払うわけではない。
 
 テレビ朝日に出演した安倍晋三の“釈明”は、つぎの一点に尽きる。
「NHK幹部は番組完成後に来たので、圧力をかけることはできない」
 これを誰一人「なるほど、そうだ」と納得しないのはなぜか。
 
 マスコミが、NHK幹部と有力政治家が「口裏を合わせたはずだ」と
云ったり書いたりするので、世間も「そうにちがいない」と受けとった。
 四年前の会見にしろ、日付や場所をいつわることができるのだろうか。
 
 毎日新聞社説は、番組で取りあげた「模擬法廷」の主催団体の代表が、
元朝日新聞記者(松井 やより)だったという。NHKの政治に弱い体質
が問題だなどと書いているが、何を云いたいのか伝わってこない。
 
 朝日新聞(20050112 08:52)は、当時の制作プロデューサーがいうまま
の時系列で報道したが、反響が大きく“涙の内部告発”会見となった。
 はたして翌々日、NHKから抗議文書が送りつけられたのである。
 

20001207-1212 市民団体 VAWW-NET ジャパン《女性国際戦犯法廷》開催。
  1227 NHKの番組制作はじまる。
2001011. NHKに放送中止を(右翼団体などが)求めはじめる。
  0119 NHKの担当部長が修正を指示。
  0124 NHKの番組試写で再修正指示。
  0128 NHKの番組完成(44分)教養番組部長が承認。
  0129 NHKの幹部が、安倍副長官に呼ばれ、議員会館で面会。
  0130 NHK《戦争をどう裁くか シリーズ 2/4回 NHK教育》
  0202 NHKの幹部が、中川議員を訪問して、議員会館で面会。
200412.. NHKの内部告発窓口「コンプライアンス」に通報。
20050112 朝日新聞が「政治介入問題」再報道
  0113 NHKの番組担当デスクが“涙の内部告発”会見。
  0113 安倍晋三《報道ステーション》テレビ朝日生出演。
────────────────────────────────
  0114 NHKが朝日新聞に抗議文書を送る。
  0115 産経新聞が「内部告発騒動」を“空中分解”と総括。

 
 朝日新聞は、NHK幹部の話として「政治家が呼びつけた」と表現し、
政治家は「NHK幹部がやって来た」という。
 当事者には分っているのに、部外者には分別しがたい部分である。
 
 安倍晋三と中川昭一が、二人そろってNHKに押しかけたのではなく、
異例の「局長試写」試写を見て、おなじ感想を述べたわけではない。
(はじめ誤解されていたが、彼らの政治的立場は、ともに相容れない)
 

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01月15日(土)
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