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与太郎文庫
by 与太郎
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■ 逆立ち芸者 〜 花街入門 〜
http://d.hatena.ne.jp/adlib/20041031
壱笑の退場 〜 続・同窓会始末・エピローグ 〜
さて、与太郎が初めて壱笑とあった夜は、こんなぐあいだった。
生意気にも与太郎が、座敷に上って、例によって「誰でもええよ」と
手酌で待っていると、襖のむこうで何やら人の気配がする。
お運びなら声をかけるし、芸者ならにぎやかに入ってくるのに、何だ
かへんだ。一人で待っているのも芸がないので、立って襖をひらくと、
廊下で芸者が逆立ちをしていたのである。
念のため註釈しておくが、きもので逆立ちすると裾が開いてしまう。
それでは芸にならないので、開かないような工夫をしてみせるのである。
(それがどうした、というようでは座敷遊びは成立しない)
「よぅよぅ、どないしたんや」と、おどろいてみせると坐りなおして、
「こんばんは、お初にお目にかかりまっせ」と、三つ指ついて名乗る。
「壱笑どす、よろしおたのもうします」これで笑わぬ客はいないだろう。
「さよか、それはゴクロはんやな。あんた、いつも逆立ちで来るんか」
かくて彼女は、初めての客をためすのだろう。お大尽なら、おひねり
(チップ)を出すが、ケチな客は、たちまち馬脚をあらわす。
与太郎はヒネらなかったが、どうやら合格したらしい。その日以後、
とくに呼ばないのに、しばしば舞妓にくっついて来るようになった。
舞妓は原則として、客と“差し”になれない。付きそいの姉さん芸者
ともども深夜の花街を連れ歩くのは、俗物にとって無常の贅沢である。
どっちが本命か、微妙な雰囲気も遊びの極意であろうか。通行人も、
そんな客の鼻下をのぞきこんでから、通りすぎて行く。
「こんど、ベラミで同窓会やるんや」
「へぇー、ウチらも行ってもよろしか?」
「……来たらええがな……」
「行こ、行こ」舞妓や女将まで、当然のように同調してしまった。
もとは座敷の軽口である。まさか、ほんとうに来るとは思わなかった。
「やっぱり、来たらアカン」といえば角が立つ。「同窓会は、中止や」
というわけにもいかない。そのうち、口実をもうけて断わればよいと、
先おくりするうちに、その日が迫ってきたのである。
壱笑と舞妓のほかに、茶屋の女将まで尾いてくることになった。
その日になっても、与太郎には方針がなかった。ベベを着て酌すれば
少々派手なコンパニオンまがいに間にあうだろう、と考えた。
現場では、彼女たちの方が度胸がすわっていた。ステージに上って、
芸を見せるといいだしたのである。これを断われる者はいない。
(さいわい「誰や、こんなブサイク呼んだんは?」という野次は聞えて
こなかったが、あとで文句がでれば、自腹を切ればすむ)
彼女らは、一次会を最後までつとめあげて、ようやく帰って行った。
その夜、壱笑は、茶屋の台所で深夜二時ごろまで与太郎を待っていた
という。「兄さん、きっと来てくれはる。二次会や三次会が済んだら」
しかし、与太郎は二次会の途中で、誰にもあいさつせずに抜けだし、
まっすぐ自宅に帰っていた。くたびれてしまっていたのである。
(ふつう宴席を途中で抜けだせば、ワケありとみられて詮索されない)
数日後、佐々木と夜の街に出て、茶屋に電話してみると、壱笑のこと
を知らされた。その日は座敷がとれず、次回に坐ったときには、壱笑が
廃業したことを知らされた。与太郎は「そうか」とうなずいただけで、
「なんでや?」とは聞かなかった。まさか、自分が冷たくしたのが原因
ではあるまいが、ひとこと話したいことがあったかもしれない。
茶屋の女将(母娘)も、くわしい事情を語らなかった。
置屋はプロダクション事務所であり、茶屋はステージである。座敷の
客が芸妓を指名すると、茶屋の女将が電話で置屋の女将に伝える。他の
座敷に居る場合は、身体が空くまで待たされる。芸妓が惚れている場合
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10月31日(日)
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