ID:87518
与太郎文庫
by 与太郎
[1051456hit]

■ 幻の弦楽技法 〜 失われた本をもとめて 〜
 
http://d.hatena.ne.jp/adlib/20040614
 
 先月“でーやん”こと出谷啓氏の同僚だった文字武氏から、36年前
の録音テープ数巻が送られてきた。当時(与太郎が)十字屋楽器店役員
にインタビューしている情景が、まざまざとよみがえって感無量だった。
 
 そもそも出谷啓・文字武両氏が出会った後、文字武・高芝義和両氏が
倉敷で与太郎と33年ぶりに再会したのが発端である。“でーやん”と
与太郎は(電話で話しただけで)いままでのところ会っていない。
 
 以下は、彼が六十四歳となる誕生日を祝して、処女原稿を返却するに
あたり、5年前の未完草稿(書簡初稿)が出てきたので、再録する。
(このほかに、彼の本に直接書きこんだメモもあるが、いずれまた)
 
 昨年公開した未投函書簡《与太郎文庫 20030115 他》と重複する部分
もあるが、電話でのやりとりなど、後日の誤解をおそれず勢いあまった
あたり、一気に書きつけたので、それなりに捨てがたい。
 
>>
 
 高校生だったぼくは、十字屋に売れのこっていた一冊を買って帰るや、
数ヶ月くりかえして読みふけった。この本は、擦弦楽器(弓でこする=
打つ・叩く・擦る・弾く)奏者、数十人を訪問したものである。
 室内楽に限定していて、独奏者はとりあげていない。
 たとえば、第二ヴァイオリン奏者としてシュナイダーハンには、次の
ような質問ではじまる。
「いつも第一ヴァイオリンが弾きおえたあとで、おなじ旋律をもう一度
くりかえすのは、音楽家としてつまらない仕事ではないか」
 シュナイダーハンは、予想どおり、これを否定して、一席ぶつ。
「そんなことはない、第一ヴァイオリンが奏したとおりに反復すれば、
音楽としての輝きは失われるだろうが、わたしは反復することによって、
新しい生命を受けつぐのだ」(なんたる格調の高さ!)
 ヴィオラのプリムローズも登場する。
 
 ヴィオラ・ダモーレという六弦の楽器もはじめて知った。どんな素晴
らしい音が出るかと夢想すること数年、ようやく放送レコードで聴いた
ところ、とんだ期待はずれの響きだった。
 その後いくたびか聴く機会があったが、四度調弦の古楽器で、いかに
五度調弦が理にかなっているか、論より証拠である。
 クレモナ産のヴァイオリン属が完成する以前の“種族”らしい。
 
 ごく最近も、古楽器ばかりのクヮルテットで、ハイドン《皇帝変奏曲》
を聴いたところ、まるでちがう形態の弦楽四重奏なのだ。
 当時は、この曲でさえ、とても前衛的な趣向であったことが判る。
 おそれおおくも、ぼくは無理やり他の三人をあつめて、この第二楽章
を文化祭で演奏しようと試みたが、あまりにも地味なので《ひばり》に
変更した経緯がある。
 ベートーヴェンの《Op.135》なども、当時の聴衆にとっては、まるで
チンプンカンプンの作品だったにちがいない。
 
 それはともかく、高校生は考えた。自分でチェロを弾くよりも、この
ように熟達した弦楽器奏者を歴訪して、話を聞くようなことができたら、
あるいは生涯つづけることができないだろうか、と考えたのである。
 しばらく後に《カザルスとの対話》を読むと、これは大変だ。まずは
秘書になって寝食をともにしなくてはならない。だが、いくらカザルス
が偉大でも、とくに偉大な人物のそばで何年も暮すのはかなわない。
 あとからだんだん分ってきたが《カザルスとの対話》は、あきらかに
《ゲーテとの対話》をモデルにしている。それほど神格化せずに、風格
あふれていて、自由自在に主題が飛躍するのが絶妙である。
 
 たとえば、こうも考えたりした。
 高校を中退して上京し、この本の翻訳者である佐藤良雄氏を訪ねて、
チェロではなく、インタビューの技法を教わることはできないか……。
 当時のぼくは(十字屋の音楽教室で)才能教育研究会から派遣された
チェリスト・野村武二氏に教わったから、佐藤良雄氏の孫弟子にあたる。
ならば“カザルスの曾孫弟子”を自称しても許されるはずだ。

[5]続きを読む

06月14日(月)
[1]過去を読む
[2]未来を読む
[3]目次へ

[4]エンピツに戻る