ID:87518
与太郎文庫
by 与太郎
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■ 和解 〜 N響ボイコット32年 〜
 
http://d.hatena.ne.jp/adlib/19950123
 
── 「オーケストラの人びと」原田三朗著(筑摩書房)を久々に読み返
したんですが、中高生向けといいつつ、ところどころ、普通では言い切
りにくいところ、ぴしっと言い切ったところがなかなか痛快でいい読み
物だと思いました。(略)
 圧巻は、小沢征爾とN響の不仲の原因となった事件についての記述で
すね。
 小沢が寝坊をして遅刻したのに運転手のせいにしたとか、コンチェル
トのカデンツァのあとのオケの入りを間違えたのを発熱のせいにしたが
実は二日酔いだった疑いがあるとか、気分が悪いからといって練習を途
中で帰ったのに早稲田のグリーを振っていたとか、そういうことが積み
重なってN響の団員の不満がたまりボイコットにまでいたったというよ
うなストーリーが書かれていて、さもありなんという感じでした。
http://forum.nifty.com/fmidicla/htmls/column04.html
── SYSOPのひとりごと20011029 オーケストラの人びと
 
── 原田 三朗《オーケストラの人びと 198911‥ 筑摩書房》
 
────────────────────────────────
 
── (ヤマダ・ハルオ)1964年、京都市生まれ。洛星中学・高校のオ
ーケストラ部でヴィオラに出会う。1987年、慶応義塾大学経済学部卒業。
1990年から雑誌や新聞などで音楽に関する執筆活動を行っている。
(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
 
 第1章 慈父と厳父/第2章 飛躍/第3章 アメリカン・デイズ
/第4章 独自の道/第5章 未来に向けて
/補章1 レパートリーと録音/補章2 「オザワを聴き比べる」
 
── 山田 治生《音楽の旅人 〜 ある日本人指揮者の軌跡 〜
200606‥ アルファベータ社》
http://item.rakuten.co.jp/book/4064717/
 
>>
 
── ちなみに、サボテン君は、このとき、指揮者小澤のボイコットに
一番熱心だったのがフルート吹きのおじさんだと聞いていました。
 NHK交響楽団で「御大」と恐れられたフルート吹きが小澤の追い出
しに旗をふった。
 
 このフルート吹きは、ドイツ・オーストリアのクラシック音楽を信奉
し、とりわけ「ウイーン・フィル」を神様のごとくお手本としていた。
 運命とは面白いものであります。
 フルート吹きが「猿踊りだ」と酷評した小澤が、まさか!!!「ウイ
ーンフィルの指揮者」に納まろうとは!!!
 
 このフルート吹きのおじ様は、小澤がウイーン・フィルの「ニューイ
ヤー・コンサート」を指揮する前年(*)にお亡くなりになった。
 
 第435回定期公演と「第九」公演が中止になる事態となった。年が明
けた1963年1月17日に一応の和解を果たしたものの、小澤が次にN響の指
揮台に立つのは32年後のことであった。
 
 1995年1月23日、サントリーホールにおいて小澤とN響は32年ぶりに共
演を果たした。
 このコンサートは、日本オーケストラ連盟主催による、身体の故障で
演奏活動が出来ないオーケストラ楽員のための慈善演奏会であり、ムス
ティスラフ・ロストロポーヴィチをソリストに迎え、以下の曲目を演奏
した。
 
 J. S. バッハ:「G線上のアリア」(阪神・淡路大震災犠牲者追悼)
 バルトーク:「管弦楽のための協奏曲」
 ドヴォルザーク:チェロ協奏曲
 J. S. バッハ:無伴奏チェロ組曲第2番サラバンド(誤=第5番)
(阪神・淡路大震災犠牲者追悼。ロストロポーヴィチの独奏)
 
 なお、小澤はこのコンサートを引き受けた理由として「(「小澤事件」
を知る)昔の楽員がみんな退職したり亡くなったりしていなくなったか
ら(*)引き受けた」という趣旨の発言をしている。
http://blogs.yahoo.co.jp/sabotenkunkun/folder/1241809.html
── サボテン君の「徒然なるままに」
 

 吉田 雅夫 フルート  19150102 北海道 東京 20031117 88 /
 外山 雄三 指揮・作曲 19310510 東京 /〜《ラプソディー》

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01月23日(月)
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