ID:87518
与太郎文庫
by 与太郎
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■ 何のために生きるか 〜 聖子の場合 〜
 
http://d.hatena.ne.jp/adlib/19910701
 
http://www.enpitu.ne.jp/usr8/bin/list?id=87518&pg=000000
 ↓Edita for text ↑Index 000000=19020102〜99991231
http://www.enpitu.ne.jp/tool/edit.html
 
── 人は何のために生きるか? ということを私はいつも考えている。
 私は人生を楽しむために生きるのだ、と思っている。(略)
 モーリヤックは若いころ、ブリュッセルのミュージックホールで、
コレットを見た。コレットは美しい小説を書いてすでに一部にはみとめ
られた女流作家だったが、まだ文筆では食べてゆけず、ミュージックホ
ールやパントマイムの踊り子をしていたのだった。コレットは美しく若
くて、しなやかな体をしていた。しかし、その中身は、もっと美しく、
けだかい価値があるのだった。
 けれどもミュージックホールの観客は、彼女の中身については誰一人、
その値打を知らず、野次や笑い声でむくいた。モーリヤックは居たたま
れない感じで、彼女に叫びたかった──「ぼくはあなたを知っています、
あなたが誰であるかを知っています」。そしてモーリヤック青年は、
「彼女のあらわな肩に自分の外套を着せかけて、人目につかない場所に
連れて行きたい」と思った。──
 これはコレット著作集の月報にのっている、中島公子氏の話である。
(略)
 林芙美子は珠玉のような、いい小説をたくさん残したすぐれた作家で
ある。しかし、個人的には、晩年、ことに批判のマトになった人だった。
(略)彼女の葬儀の日、あちらでもこちらでも、私語されていたことは、
林さんの生前の仕打ちに対する怨みや非難であったという。
 それかあらぬか、葬儀委員長の川端康成氏は、告別式の席上で「故人
の生前の不都合はこの際、水に流してやって下さい」という意味の挨拶
をされたそうだ。
 
── 田辺 聖子《人は何のために生きるか 〜 私の場合 〜 197308‥ 家庭画報》
── 田辺 聖子《女が愛に生きるとき 19790515-19910701 講談社文庫》P9-11
 from Our Pictures;灘本 唯人(カバー装画)
 

 Mauriac, Fran醇Mois     18851011 France 19700901 84 /カトリック作家。
♀Colette, Sidonie-Gabrielle 18730128 France 19540803 81 /1906離婚1912再婚
── ラヴェル《子供と魔法 19250321 Paris》初演

 
── 1906年に浮気なバイセクシャルの夫と離婚し、パリのミュージッ
ク・ホールでパントマイムや踊り子として活躍を始める。この頃の愛人
は、ナポレオン3世の血縁者を名乗っていたベルブーフ侯爵夫人ミッシー
であり、2人は舞台上で共演することもあった。1912年にル・マタン紙
主筆のアンリ・ド・ジュヴネルと再婚。── (Wikipedia)
 
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07月01日(月)
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