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与太郎文庫
by 与太郎
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■ PRAD《印刷入門》 発題:販促の拠点
http://d.hatena.ne.jp/adlib/19771205
発題:販促の拠点
きょう発足して、年内に四回の例会が予定されておりますが、この期
間はおそらく総論に当たるかと思われます。だいたいの方向が定まった
ところで、来年からは一定のテーマによって各論が展開されることが望
ましいと存じます。
各論に際して、私は個人的な見解とともにデザイナーとしての経験か
ら、つとめて具体的なノウ・ハウを披瀝するつもりです。ただし一方通
行ではなくて、私自身が未だ知らざること、かねて疑問の点などを、明
らかにしながら、皆さんのご意見や、それぞれ異なった分野からの専門
的なアドバイスをいただきたい、というのが本心であります。
このあたりの呼吸を、ご理解いただいた上で、今から数十分、そのあ
と皆さんとともに懇談いたします上で、話の糸口となるような材料を求
めて、とりとめのない話をさせていただきますので、どうかおつきあい
願います。
怒れる男たち
きょうお集まりいただく方が、はたして何人になるか今まで予想でき
なかったものですから、率直に申しますと準備しにくい点がありました。
もし九人のメンバーであれば、私の役目はピッチャーであり、十人な
ら最初の打者といえるかもしれません。そんなわけで私の予想は当りま
せんでしたが、アメリカ映画《十二人の怒れる男たち》を引きあいに、
はじめてみようと思います。
十五年ばかり前の作品で、ヘンリー・フォンダの製作主演によるもの
です。
題名から想像されますと、まるでアクション劇みたいですが、これが
何とも地味な映画でして、興行政策上、日本だけかと思ったら、原題も
《12 Anger Men》というわけで、要するに凝った作品なんです。悪く言
えばピンと来ない、玄人ごのみのテクニックで徹底した映画です。
全篇そのほとんどが、陪審員室のセットで撮影されておりまして、十
二人の陪審員が、有罪か無罪か全員一致するまで議論するわけです。
はじめ十一人が有罪といい、二枚目のH・フォンダがひとり無罪を主
張するわけです。被告の生命を、わずか数分で決定するのは早すぎる、
もっと時間をかけて検討しようじゃないか、というところからドラマが
展開するわけです。ひとりひとりを逆転していって、最後に全員一致で、
被告の少年を無罪にしてしまうので、やっぱりアメリカ映画なんですけ
ど、地味で重厚な映画です。
ヒューマニズムなどと申しまして、そういう良心的な意図だけで、か
りそめにも映画産業の一端に参加できるかどうか、私が、きょう取りあ
げたのはその点なんです。
さきほど申しました、玄人ごのみのテクニックの一例を挙げますと、
せまい陪審員室をカメラがゆっくりと、ひとりひとり十二人のアップで
一巡する──何でもないようですが、大きなカメラがレールに乗って、
照明係やその他のスタッフとともに、せまいセットの壁を取ったりはず
したりしながら作業しているわけですね──こんな面倒くさい台本を書
かせたのは誰なのか、少くとも、出資者や株主ではないでしょう。しか
し脚本家や製作者の単なるひとりよがりと断定していいかどうか。
芸術的良心、というものも現代では説得力がありませんね。商業的な
裏づけがなければ、世に出ないシカケになっています。しかし、だから
こそ、ヒューマニズムや芸術的良心は、現代もっとも求められているは
ずです。
不道徳なもの、非芸術的なものが、かならずしも目的を達しない、と
いう点から、私たちのテーマである宣伝販促についても、あらためて考
えてみたいと思うのです。
現代のユダ
ちょっと思いついたんですが、陪審員が十二人というのは、あるいは
宗教的な発想かもしれませんね。つまり十三人目が被告で、ユダに擬し
てある? どなたか専門のお立場から、ご教示いただきたいものです。
先の映画に関していえば、興行的にもまずまずの成果をおさめたよう
で、さもなければ、怒れる十数人の株主という結果になったかもしれま
せん。
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12月05日(月)
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