ID:87518
与太郎文庫
by 与太郎
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■ 中村 玉緒:古くさいのもきもののきめて
 
http://d.hatena.ne.jp/adlib/19771012
 
 【なかむら・たまお】女優。勝新太郎夫人。中村雁治郎
(成駒屋二代目)を父に、兄・扇雀は当代随一の名女形。
(Interviewer:Yoshihuji, Ken'ichiroh)
 
── ひところ横浜にお住まいでしたね犬を連れた玉緒さんの姿を 私
の友人が何度か見かけたそうですよ
玉緒 家の前が すぐ公園でしたからねいい街でしたねえ 生れてはじ
めて京都を離れたでしょ 知りあいもすくないし心ぼそい時期でしたけ
ど 街の人がいい人ばっかり たとえばゴミ屋のおじさんがとっても親
切だったり(笑)
── 堀割りや伝馬船など いい雰囲気がありましたね
玉緒 わたしの好きだった伊勢崎町だと洋服なんかが 東京のものと 
ちょっと違うのね 似たような柄でも一色多いみたい ですから 東京
へ移ってからも洋服屋さんだけは横浜に残してあるの 
── 京都では嵐山でしたか やっぱり犬を連れて散歩されたのは(笑)
玉緒 犬もそうだけど まだ子供が小さかったでしょ 散歩は毎日しま
したね その家を建て増しする間 一年ちょっと岡崎でお家を借りたこ
とがあるんですよ 岡山のさるお金持が“売りもせん貸しもせん”いう
て空家のまま放っとかれたのを雁治郎の知りあいが見つけてきたんです 
勝の名前いうて“ちょっと変ったひとですけど”(笑)頼んでみたら 
意外にあっさり貸したげる いうことで 
── ご主人のお客さまも多いし 大きなお家でないといけませんね 
玉緒 たまに がら〜んとした日もありますけどね それで 先だって
北海道へロケに行ったときのこと“玉緒さーん”いうて車から降りてく
る方がみえましてあのときの家主さんご夫婦なんですよ 岡山の方が 
ぐうぜん北海道に遊びに見えたんですね“いつぞやは ご無理申しあげ
まして”あらためて ごあいさつしたようなことです 
── 京都の岡崎というと美術館のあたりですか 
玉緒 そうです 動物園もすぐそばで もともと息子さん夫婦の新居に
予定されていたんですって ところが息子さんが古い家はいやや いう
て売ってしまわれた それが今 喫茶店になってるらしいんです 玉緒
が経営してる店や いう噂で 俳優さん仲間でも本気にしてる人が今で
もいるみたい“こないだ あんたの店でコーヒー飲んだげた”(笑)い
われます
── きょうのお芝居(山本周五郎原作《釣忍》)はご主人の演出です
ね ときどき見にこられますか
玉緒 いいえ舞台稽古だけで 忙がしいみたいですね 先日も四時に来
るいうて5分前に“来られません”いう連絡で そんなこと知らん若い
俳優さんが カチカチになって あとで“勝センセ どの席でした”な
んて聞くの“きょうは見てもらえへんかった”いうと“そうでございま
したか”(笑)
── 成駒屋の娘ということで 舞台女優になるのは お父さまのすす
めがあったからですか
玉緒 いいえ はじめから そんな気はだれにもありません 歌舞伎い
うたら男の世界で 女は役にたちません 子役のようなことはやらされ
ましたけど 女に生れたら歌舞伎の御曹子の奥さんになるのが だいた
いの筋書ね(笑)としごろになって映画にちょっと出たり年に一回か二
回やっているうちに だんだん数が多うなったんです
── 今しがたの舞台でも やはり成駒屋の風格でしたよ 
玉緒 むかし 三木のり平せんせに“目と鼻はまちがいなく成駒屋だけ
ど 口だけどうして違うんだ”いわれました(笑)もともと舞台に出る
つもりがなかったし芝居もあんまり観てないし 楽屋の道具も持ってな
いくらいで 苦労しました 
── テレビの場合とまた違うんですね
玉緒 いま花登筐せんせの《さわやかな奴》で染屋の娘を演ってます 
染屋の職人はそろばんが出きんから お父さんの腕がよくても値切られ
る 娘のわたしが商売はじめて問屋とかけあうわけ 頭のええ娘で そ
のうち女社長になってしまう こういう役はセリフが多くてたいへん 
ボンボンしゃべらなあきません おとなしい女の役でですと“はい”い

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10月12日(水)
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